【企画】歌刀戦記 | ナノ


冷たい背中(SS)  


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※銀の花本編の一部を花視点から見るお話です。





自殺未遂を何度やっても死ねないまま、二年の時が過ぎた。
清さんは、まだ僕が側に行くことを許してくれない。
その日もうまく死ねないまま、雑貨屋のシグネに引っ張られ、流浪の宴に参加したのだが、それが間違いだった。
そこで出会った銀之助という西の軍人が、僕を好きだと言って追いかけてくるのだ。
最初は、初陣を前に、恐怖と緊張でおかしくなってるんだと思った。
でも、何度拒んでも嫌いだって言っても、その度傷ついた様子を見せるくせに、あいつはなぜか戻ってくる。
何が楽しいのか、殺してくれなんて酷い頼み事をしたにもかかわらず、男の僕を可愛いとか言って、一向に離れていかない。
死ぬな、と銀に言われるたび、お前に何がわかるんだと腹が立った。
清さんのいない世界なんか、生きてたって仕方がない。
僕は清さんの相棒で、清さんのもので、そうでなくなった僕には、生きていく資格なんかないんだから。
ましてや、若い軍人を、清さんを、母さんを死に追いやった僕が、誰かに好きになってもらえることなんか、許されるわけないんだ。
それでも、銀は死ぬなと、好きだと言ってくる。
もうどうしたらいいのかわからなかった。僕の側に居れば銀も不幸になるかもしれないのに、銀は僕を死なせないよう、抱きしめて寝てくれる。
長い間冷たかった背中に温もりを感じて、嬉しくないといえば嘘になる。
でも、そんな中でも思い出すのは清さんのことで、清さんの匂いのしない、清さんより筋肉のついた全く違う腕は、尚更僕を切なくさせた。
自分を清さんの代わりにしろなんて銀は言う。清さんと全然違うくせに。清さんはこんなに馬鹿力じゃなくて、もっとずっと優しくて、僕の頭を撫でてくれて、だから銀を代わりにすることなんか、できなくて……。
やっぱり清さんが好きだと言った時、清さんは死んでるんだと言われて、心臓が止まるかと思った。
そのまま死ねればよかったのに、僕はまた銀を拒んで傷つけて、今度こそ愛想を尽かされてしまった。
怒って出て行った銀がテントを離れた気配を感じ、そっと殻ごもりした毛布から出る。
こんなに、こんなに苦しい世界にいるのは、もう嫌だった。
仕事道具の中から拳銃を取り出し、弾を一発込め、額に当てがう。
清さん、今度こそ迎えに来て。早く側に行かせて。
祈りながら引き金を引こうとした途端、死ぬなと言った銀の声が浮かんで、はっと固まってしまった。
銀を消そうと思って目を開くと、手がガタガタと震えていた。
どうしてお前は、いつも邪魔するんだ。いつもいつも、僕をこんなに苦しくさせるくせに、どうしてそんな幸せそうに笑うんだ。
嫌いだ、銀なんか大嫌いだ。全然気持ちよくない、硬い腕も、背中に当たる胸板も、くすぐったい髪も、吐息も全部、全部……。
それなのに、朝になって、冷たくなった僕を見て銀が何を感じるのかと思うと、引き金にかけた指が動かせなかった。
遺される辛さはよく知っている。僕のせいで、銀が同じ思いをするのは、嫌だった。
清さんの側に行きたい。でも、銀を悲しませたくない。
両極端な思いに悩んでいるうちに、結局また死ねないまま、朝が来てしまった。
銀は帰ってこなかった。今度こそ、本当に帰ってこないかもしれない。
それでいいんだと自分に言い聞かせ、顔を洗うために外に出る。
その時、シグネの馬車の向こうから話し声が聞こえた。
銀の声だった。西に帰るよ、と銀が言う。
わかっていたのに、覚悟していたのに、いざ本人の声で言われると、何か大きなものが体を貫いたような感覚がした。
僕は、傷ついているのだろうか。図々しく、また銀が戻ってくるなんて信じていたのだろうか。
急に恥ずかしくなって、走り出した。清さんのところに行かなくちゃ。僕には清さんしか居ないんだ。また溢れ出した涙を拭う間もなく村を駆け抜け、清さんの墓の前にうずくまった。
助けてといくら縋っても、清さんは返事をしてくれない。前ならすんなり思い出せた、頭を撫でてくれる大きな手の感覚が、今はうまく思い出せなかった。
代わりに、背中を強引に引き寄せられる、遠慮のない腕の感覚が鮮明に蘇る。嫌だ嫌だと前のめりになり、必死に抗おうとした。
桔梗、と呼んでくれた清さんの声が、花、と呼ぶ銀の声にかき消される。
いや、いやだ、清さんを消さないで。
僕は清さんのものなのに。清さんだけしかいらないのに。
背後に気配を感じ、顔を上げると、銀の声が聞こえた。
出発する旨を伝えられ、踵を返して立ち去る音がする。
のろのろと起き上がり、その背中を追って歩き出した。向けられた背中を見て初めて、銀が今まで、どれだけ正面から向き合ってくれたかを思い知る。
今までありがとう、と頭を下げると、銀も普通に返事をしてくれた。
何かが違う、と思った。でも、銀が安心して西に帰れるように、もう死なないと約束して、銀の横をすり抜ける。
平気そうに笑ってみたけど、うまくできていただろうか。
冷たい朝の空気がすんと鼻をつき、また涙が溢れてくる。
拭えばばれてしまうから、気にしないふりをして、銀の手が届かないところまで早足で遠ざかった。
銀が西に帰ったら、今度こそ、今度こそちゃんと死のう。
もう思い残すことはないはずなのに、冷たくなった背中の感覚が、どうしようもなく寂しかった。


fin.






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