【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 22  


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「話を続けよう。私は西に行く前、シグネに思い留まるよう説得を試みた。彼女の行動にどこか迷いがあるように思えたんだ。しかし幾度話せど応じることなく、時間が迫っていたため賭けに出た」
「こいつな、花と銀の命を救えるのはお前だけだってクサい台詞吐いて、俺をそのまま放り出したんだ。なかなかの博打打ちだろ」
「事実を言ったまでだ。そして、やはり彼女は花緑青と銀之助を見捨てることは出来なかった」
「親心っていうのかなぁ、一緒に行動するうちに、何だか可愛くなっちゃってね。直前になって、花が銀の想いに応えた時、任務なんか忘れて喜んじゃってさ。だからつい、ね」
「結果、シグネは思い留まってくれた。よって出来るなら、私はこの裏切りをなかったものとしてもらいたいと思っている」
「おいおい、何馬鹿なこと言ってんだ」

菖蒲の思い切った提案に、シグネが声をかぶせた。
まだ腹の傷も痛むだろうに、勢いよく体を起こし、菖蒲に掴みかかる。

「待て、言っただろう。俺はとうに罰を受ける覚悟は出来ているんだ。一度は仲間を見捨てた時、二度目は今回の裏切りで、自分がどんな人間かわかってる。サクッと殺して、見せしめに西に送りつけてくれ」
「死にたがりがここにも居たな。花緑青が逃げずに生きると決めたのに、シグネ、お前はまだ逃げるつもりか?」
「花は被害者、俺は加害者だ。それとこれとは話が別だろう」

珍しく狼狽えるシグネに、花が強く俺の手を握る。
ぎゅっと手を握り返し、俺は代わりに口を開いた。

「俺は……俺たちは許したい。最初の目的は違ったかもしれないけど、シグネは俺たちをずっと応援してくれた。さっき自分でも言ったじゃないか、花と俺が恋人になったことを、任務を忘れて喜んだって。そっちが本音なら、そういうシグネを敵だって突き放したくない」
「だから馬鹿だっていうんだ、お前たちは。俺はな、お前の恋心を利用して、花を籠の鳥にしようとしたんだぞ」
「いいよ。結局そうならなかったし、おかげで花とこうなれたんだ」
「本当に馬鹿な小僧だな!二度あることは三度あるって言葉知ってるか。俺が今後お前たちを裏切らないなんて保証はないんだぞ。なぁ、これは自ら望んだことなんだ。決着つけさせてくれよ、この人生に」

残った薔薇色の左目が、微かに滲む。
こんな辛そうな顔を見てしまって、なぜ裏切り者を始末しろなんて気になるだろうか。
それに気づいていないのか、シグネは肩を弾ませて周囲を見回した。誰一人として、シグネの願いに応えようとしない。

「満場一致だな。そんなに罰が欲しいなら、シグネ、私はお前の知識と経験を生かし、一つ取り組みたいことがある」
「くそっ、何だよ……」
「今回のことでウタヨミ攫いの組織の半分は始末出来た。しかし、上層部を含め半分はまだ生きている。過去にもシグネのような者が居たのだろう。実際囚われたウタヨミが居るという情報も掴んでいる」

あの時のように、何も知らないまま眠らされ、囚われたウタヨミが居ると思うと、ぞっとした。
その姿が花に重なり、何とかせねばと気が急く。それはざわめく周りも同じようだ。中には、心当たりがある者もいるかもしれない。

「私はウタヨミを救い出し、今後そのようなことがないよう力を尽くしたいと思っている。銀之助、私にウタヨミを道具として見るなと言ったことを覚えているか。確かに我々軍人は、ウタヨミを戦いのための道具と見下す傾向がある。私など、実の妹がウタヨミだったにも関わらず……だ。この一年、花緑青を探し様々な地を巡ったが、不思議と流浪の民たちはウタヨミを差別しなかった。彼らのようにウタヨミを道具ではなく、愛し守るべき同等の存在だと受け入れられれば、両国の長い戦を止める一つの足がかりになるのではないかと思えたんだ」
「そうだね。確かに、ウタヨミを差別する人ってまだまだ多いから。俺たちも同じ命なんだけどね」

部屋の隅に寄りかかった酔っ払いの男が、へらりと笑い同意する。流浪たちも頷き合った。

「そうだな。特に国に属する軍人たちは、頭の固い連中が多いからな」
「でも出来るのかしら、そんなことが……流れ者が、仮にも一国に楯突こうだなんて」
「だからこそたくさんの手が必要になる。賛同する者は、できる限りのことでいい、どうか力を貸してほしい。そのまとめ役として、顔の広いシグネを置く」
「囚われたウタヨミを助け、戦争を終わらせる……それが俺の罪滅ぼしだと言いたいのか?」
「そうだ。そしてもう一つ、そのためにやりたいことがある」

菖蒲はそう言って、不意に俺たちを見つめた。

「花緑青、銀之助。君たちは敵国の垣根を越え、結ばれた。国と国との間にそういった繋がりが増えれば、またひとつの終戦への足がかりになるかもしれない。だから私は、君たちのように困難の多い恋人たちを応援したいのだ。その象徴的な存在として、君たちの力も貸してもらえたらと思う」

思いがけない申し出に、きょとんとして花と顔を見合わせた。

「え……なんか、おおごとになったな。そりゃ、俺はもう軍に戻れないだろうし、恩返しもしたいけどさ……どうする、花?」
「僕に出来ることがあるなら……したい。象徴っていうのは、少し恥ずかしいけど……」
「だよな。なんか、恥ずかしいよな」
「うん」

こくんと頷き、花が咲いたように小さく笑う。
それがあんまり可愛くて、今に顔を掴んでキスしそうになった。
震えてる俺を気にもせずに、菖蒲が話を続ける。

「ありがとう。あともう一つ、やりたいことがある」
「見かけによらず、欲深い野郎だな。もう三つ目だぞ」
「欲深いついでに、これは個人的な願いだ。シグネ、私と夫婦になってくれないか」

あまりに淡々とした求婚に、誰もが耳を疑った。
からかいの言葉を吐いていたシグネが、驚きに固まる。

「菖蒲、お前……頭、大丈夫か?頭打ったんじゃねえの」
「いや、私は至ってまともだ。ずっと考えていたんだ、妻に迎えるならこういう女がいいと」

菖蒲は真っ直ぐな目でシグネを見つめ、火傷跡のある右手を取った。
シグネは呆然としていたが、はっと我に返り、菖蒲を振り払う。

「冗談だろ。俺は真っ平御免だぜ、こんな傷物欲しがる変わり者の奥方なんか」
「自分を卑下するようなことを言うな。お前は綺麗だ。一度や二度断られたから手を引くと思うなよ、手本はすぐそばに居るんだ」

そう言って、菖蒲はちらりと俺を見た。
馬鹿か、どうかしている、と言う割に、シグネが本気で拒んでいるように見えないのは、きっと気のせいじゃない。
満更でもない様子の二人が、急にお似合いに思えてきた。
嬉しくて、部屋中いっぱいに幸せの花が咲いたような気分になる。たまらなくなって、俺は花の顔を掴み、思い切り口付けた。

「ぎんっ!?な、何考えてるんだ!こんな人前で!」
「なんか、嬉しくて!」

耳まで真っ赤になった花が可愛くて、ベッドに押し倒してもう一度キスをする。
怪我人だぞ、やめろ銀之助、と周囲から声がかかるが、その声は笑いを含んでいた。
こんなに嬉しくて、こんなに満ち足りた感情があるなんて、知らなかった。
花が居たから、花に出会えたから、俺はこんなに幸せな気持ちになれたんだ。

「花、大好きだ。花に出会えてすごく幸せだ!お前が俺を幸せにしたんだ!」

冷やかしの口笛や笑い声に囲まれて、俺たちの恋の物語は終わりを迎えた。



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