これで最後、と ふたり 誓った。 近い鐘の音が届く前に 「別れてくれ、藤崎。」 久しぶりに二人とも早く家に帰ってこれたので夜を二人でゆっくり過ごし幸せな朝を向かえ、朝食をとり終わった所で椿に言われた。 オレは真っ先に日付を確認。 今日は4月1日では、ない。 嘘だろ、と笑って聞き返したくても目の前で今にも泣き出しそうな顔をしてる椿を見ただけで、無駄に聡いオレの脳は嘘ではないことを理解してしまった。 「ボクは、結婚、するんだ」 俯き黙っていることしかできないオレを見た椿は小さな声で、でもしっかりと言葉を発する。 「病院を継ぐには、どうしても、子供が必要、で。 父と母はそれを望んでる」 いつかは、考えなければならない話だった。 付き合い始める前から椿は医者になり、父の後を継ぐと決めていたから。 お互いわかっていてもまだ大丈夫、まだ一緒に居られる、と先送りにしていた問題。 オレは別に結婚しなければならないことはない。 だから椿といつまでも、それこそ一生一緒にいたいという思いに従える。 でも椿はそうはいかないのだ。 どうしても『子供』が必要なのだ。 それはどんなにオレと椿が望んで子供を作ろうとしても、男には何が起ころうと作ることができない命で。 「だから…、っ、別れて、くれ…藤崎」 ついに泣き出してしまった椿の涙が音を立てて机に落ちる。 小さな水溜まりがいくつも出来るのを静かに見つめたあと、オレはやっと口を開いた。 「うん、わかってる。」 わかってる、という言葉しかオレには残されていないのだから。 「最後にオレの、わがままを…きいてくれないか」 藤崎に別れを告げたあの日から、3ヵ月。 ボクの結婚は正式に決まり、とんとん拍子に進んだ話し合いのおかけで今日は結婚式当日だ。 結局、藤崎が言った『最後のわがまま』は式に呼んでくれ、というものだった。 それはきっとボクが呼ばないと決めていたことを見通していたんだろう。 だって、普通、呼べる訳無いじゃないか。 自分が他の女の人と、子供が必要だからというただの理由で結婚する所に立ち会ってほしくない。 −−−世界でたった一人しかいない、一生に一度ボクが心から愛した人には。 控室で支度をし、鏡に映る人間の顔を見て苦笑を零す。 結局自分を優先し、愛する人との日々を捨てた自分。 今まで見てきたどんな人間よりも情けなく、弱く、そして憎らしい。 こんな最低な男と結婚する可哀相な花嫁を迎えに行こうか、と席を立つとこの部屋のドアをノックする音が聞こえた。 こちらが返事をする前に勝手にドアを開けて入って来たのは、藤崎、だった。 「ふ、じさ…き」 「ははっ、あんま驚くなよ! …似合ってるじゃん、それ」 いつもと同じように、明るく笑う藤崎。 指差した先には付き合い始めたときに買ったお揃いのタイピン。 まだ高校生だったボクたちは時間がたってもいつでも身に着けられるものを、とこれを選んだ。 まさか初めてこのタイピンを着けるのがボクの結婚式になるとは、全く想像すらついていなかったけど。 「藤崎だって、…よく似合ってる」 「ありがとな」 少し照れた藤崎が、すごく愛おしい。 あと1時間で結婚するというのに、この気持ちは消えてくれないのか。 不本意とはいえ、別れてから既に3ヵ月も経っている。 いつになったらこの心臓は藤崎を見ても、跳ねたりしなくなるんだろうか。 「これ…結婚式が終わったら、読んでくれないか。 絶対に結婚式が終わってからだぞ?」 ただ紙を3つ折りにしただけのものをこちらに差し出しながら言う。 今回くらい封筒に入れて渡してくれればいいのに、と思ったが口にはしない。 「…ああ」 受け取って鏡台の上に置き、藤崎と目を合わす。 最後にこれだけは伝えようと決めていた。 「ありがとう、藤崎」 ちゃんと笑えているか不安だが、今の自分ができる最高の笑顔を浮かべたつもりだ。 「椿…」 「じゃっ、じゃあそろそろ時間だから」 藤崎の悲しい顔は見たくない。 ましてや自分がその表情をさせてしまっているとわかっているからこそ、堪えられないのだ。 控室に藤崎を残してボクは涙を堪えながら、望む未来と望まない未来の狭間へと踏み出した。 Normal end.→ or…?→ |