小説 | ナノ


▽ 08 飛沫


ナルトはそれから毎日のように昼夜問わず権兵衛と遊んだ森を訪れた。昼の明るい内に森を散策して、どういった地形が走りやすいか、上りやすい木はないか、手頃の穴はないか。ここに隠れたらどうなるだろう、ここから飛び出したら驚くだろうかと考えては消える。ナルトは一人だったが独りではなかった。あの夜、権兵衛と遊んだ記憶が期待を膨らませてくれる。誰かに会えるということでこんなに胸が華やぐとは思わなかった。
少し疲れると決まって月の見えるところで腰を下ろした。月はまだ満たないのか。そればかりが憂鬱だった。
「むしろ減ってってる気がするってばよ…」
月の満ち欠けの仕組みを知らないナルトはただただ月が満ちる日を待った。やがて新月を迎え、月が少しずつ満ちるときには憂鬱というよりも、胸が騒がしくなる一方だった。少しずつ少しずつ月が満ちるのと一緒にナルトの心も高潮していった。月とはなかなか意地悪なもので、満ちた!と思ってよく見てみると真ん丸には少し足りない日が幾日かある。ナルトは逸る想いを日に日に募らせながら、焦れながら、約束の日を待った。



そんなある日、月を背に白い影が自分に近付く夜があった。権兵衛が来た!と思わず表情が弛緩する。要するににやけてしまうのだ。権兵衛も自分と同じ想いだろうか。笑顔で近付いて来るだろうか。そうだと良い。そうだと嬉しい!ナルトはニシシと笑いながら白い影に近付いた。けれど、その表情は眉間に皺を寄せていて、ナルトを睨んでいた。
「バカナルト!」
ひと月ぶりの再会を果たしたのに第一声がこれだった。ナルトは駆ける足を思わず止めてきょとんとした。
「毎日、毎日、この森に来てたでしょ!しかも、疲れたら無防備に寝ちゃって!」
どうやら権兵衛の怒鳴り声はまだ止まる様子もなく、ナルトは聞くしか出来なかった。
「誰かいるならまだしも一人でこんなところで寝てたら何かに襲われちゃうかもしれないでしょ!」
「じゃあ今は権兵衛がいるから大丈夫だな!」
ナルトは理解したのかしてないのか、なんでもない風に笑った。その反応に今度は権兵衛がきょとんとする番だった。
「ナルト…、ちゃんと――っ」
権兵衛の言葉が終わるよりも先に
「今日は権兵衛の鬼が先な!」
そう言ってナルトは駆け出した。
「ちょっと待って!ナルトそっちはダメ!!待って、ナルト――ッ!!」
権兵衛の制止を聞かずに見えなくなっていく。権兵衛はこのままじゃいけない、と自分に出来る限りの全力でナルトの後を追った。

つい先日、火影執務室にて。
「火影様、砂隠れの里より砂漠狼の群れが木の葉に逃げ込んだようです」
書類を片手に一人の事務官が報告していた。
「砂漠狼と言えばこの時期、砂隠れの里が討伐しているはずじゃろう」
「その討伐隊を振り切って来たようで…、木の葉隠れの土地に逃げ込んだ以上、あとはまかせる…と」
「ずいぶんと身勝手なものじゃな…、ただちに捕獲、退治せよ」
「任務リストに載せる形でよろしいですか?」
「うむ、冬を越えたばかりで飢えている時期じゃろう、なるべく早く討伐させるのじゃ」
火影の指示は的確なものだった。食が細くなる冬を越えて、狼は命がけに狩りに挑む。砂隠れの里よりも緑が多く食べるものも多いと言えど、人を襲わないとは断じて言い切れない。ただちに対策をとるべき案件であった。けれど、決められた期日を設けられていなかったため、備考欄に『至急』と書かれてはいても、他の案件を優先され討伐隊の編成は遅れていた。この満月の夜、未だ任務達成報告は受けていない。



草を駆け、木々を抜け、森を疾る。ナルトは毎日のようにこの森に通っていたことから、以前に比べるとその足の速さは伸びていた。対して権兵衛もナルトを逃がさない。その表情は鬼気迫るものがあり、ナルトを見失わないように必死に喰らい付いていた。自分の脚力は上がっているはずなのに、なかなか振りほどけない歯がゆさにナルトはペースを上げる。
「ついてこれるかってばよっ!」
前もろくに見ずに駆けるナルトに向かって、一瞬、権兵衛が思い切り跳躍した。
「ナルト!前っ!!」
言うが早いか、権兵衛は一瞬でナルトに追いつきかつ右手で腕を引っ張り後ろに引かせた。逆に前に出した左腕には…、飢えてよだれを垂らす狼の牙がしっかりと食い込んでいた。権兵衛は瞬時にナルトを後ろに投げ出し、空いた右手で苦無を取り出すと狼の脳天めがけて力の限り突き刺した。筋肉に命令を送る脳をやられ、力なく牙が抜かれる。幼子の細い左腕からはおびただしい量の血が溢れるが、痛みをこらえるという乱暴な方法でやり過ごす。
「ナルト!走って!!」
目の前で起こったことに呆けていたナルトは権兵衛の叫びに反応するのが少し遅れた。権兵衛は草の葉の音と低くうめく獣の声から群れで行動していることをいち早く察知していた。けれど、多勢に無勢。返り討ちにする手段はなく、逃げることしか選択肢はなかった。
「ナルト!」
振り返り、ナルトの左手をとると駆ける勢いでを引っ張った。



望月の兎

飛沫





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