小説 | ナノ


▽ 07 希求


少女の姿が森にないと分かると、今度は日中の里の中を探した。里に出るのはあまり好きではなかったが、背に腹は変えられなかった。
白髪の人はたくさんいたが、体の大きさが自分と変わらない小さな者となると、だいぶ限られてくる。ナルトは白髪を長く伸ばす背丈の小さい者に的を絞って、里中を探した。子供の遊び場、親子で行きそうな公園、図書館、せわしなく場所をうつして白い少女を探すが、いっこうに見つからない。代わりに降り注いだのは自分に向けられる冷たい視線だった。ひどい時には子供と言ってもナルトとそう年齢の変わらない子に近付いてしまった時、母親が間に入って睨んだ後に子供を遠ざけた。
(どうして…)
ナルトはしばらく立ち尽くして母親がいた場所を見つめる。
(どうして…)
じわり、じわりと胸に瞼に熱いものがこみ上げてくる。
(権兵衛…)
少女は初めて笑顔を向けてくれた。屈託なく笑ってくれた。話してくれた。楽しそうに遊んでくれたっーー。彼女と過ごした時間が楽しければ楽しいほど、幸せだと感じれば感じるほど、ナルトの今の心は冷えていった。
両の拳をあらん限りに握りつぶし、溢れる涙を堪えているとふと、自分と同じように立ち尽くしている子供を見つけた。歳はやっと立てるようになったくらいか。キョロキョロとあたりを見回し、かと思うと表情がみるみる内に崩れていった。
「おか、おかぁーさーんっ!!」
嗚咽は叫びに変わり、体すべてを使って泣き始めた。ナルトもまた周囲を見回すが母親らしき女性はいない。自分より小さい少年、いや幼子はあらん限りに泣き喚き続けている。ナルトにはだんだんとその子が自分に重なってみえた。一緒に探してあげられないか、自分と一緒にいると彼も白い目で見られないか、右往左往と考えを巡らせていると権兵衛の顔がちらついた。そうだ、こんなオレでもちゃんと笑ってくれる人がいる。意を決して幼子に近付こうとすると。
「かもめ!」
ドンッと何かが背中にあたり、ナルトはバランスを崩して前のめりに倒れこんだ。下が柔らかい土だったために怪我はほとんどなく、体を起こすと泣き声は小さくなっていて、母親らしき女性が子供を抱きしめていた。
「もう!離れないように手繋いでなさいって言ったのに!」
「ご、ごめんなさい〜っ!」
叱られて再び嗚咽まじりに叫んだ。
「どこも痛いところはない?かもめはまだ小さいんだから一人でどこか行っちゃダメよ?」
母親がたしなめるように、けれど優しく声をかける。体はずっと抱きしめたまま。ここにいるよ、もう大丈夫だよ、と安心させるように。母親はややあってナルトに気付くとごめんなさいね、突き飛ばしちゃって怪我はない?と幼子にかける声と変わらぬ優しい調子で言ってきた。けれどそれも…。ナルトの顔を見るまでだった。ナルトが大丈夫だってばよと言おうとした瞬間。
「かもめ、ここは危ないから行くよ!」
そそくさと子供を抱えて行ってしまった。小さくなっていく背中。
「だから」
ナルトは視線を地面へとうつすと小さくこぼした。
「だから里に出るのは嫌なんだってば」
なにに怒れば良いのか分からない少年は自分の行動こそが間違いだったのだと言い聞かせた。



「あぁーっ!」
頭の後ろに腕を組み、空を仰いでおもむろに叫ぶ少年。往来の中心で立ち止まるものだから、街行く人は煩わしそうにナルトに視線を送るが立ち止まることはなく、せかせかと通り抜けていく。
「なんでもっと早く気づかなかったんだってばよ…」
少年は誰に声をかけるでもなく、ニッシッシッと笑った。



「なぁなぁ、火影のじっちゃん!」
火影と呼ばれた初老の男は帽子のようにかぶる一風、変わった傘を指で持ち上げ、そう珍しくもない客に視線を送った。
「なんじゃ、ナルト。今日は機嫌が良さそうじゃな」
今日、起こった出来事は良いものではないが、己の冴えたる考えに思わず笑いが溢れていた。
「権兵衛がどこにいるか知ってるか?」
つまりナルトの冴え渡る考えとはこのことだ。この里で起こった出来事ならば里の代表を務めるこの男に訊けば良かったのだ。代表を務めるだけあってこの里のありとあらゆる情報は火影に集まってくる。他里の情勢から今期のアカデミーの卒業生。またどの忍から、どんな子供が生まれたかまで、一人で抱えるにはあまりに膨大な量だが近い過去に大戦を経験した火影は方々に目を光らせなければならないために、情報収集を欠かさない。幼いナルトにそこまでの考えはないだろうが、里のことはこの男に訊いてまず間違いないだろう。
「なんのことじゃ?」
「ボケるにはまだ早いってばよ…。オレ、火影岩の上にある森で権兵衛って奴に会ったんだ!」
じっちゃんなら何か知ってるだろ?と余裕をにじませた笑みで問い掛けてくる。少年の顔を見て火影、ヒルゼンは顔を渋らせた。とぼけてはいるが、この里で保護する少女、権兵衛の名はもちろん知っている。しかし、少女の存在はこの里の、ひいてはこの世界の最重要機密だ。この世界から秘匿するために少女はこの里にいないことになっている。ナルトの前に姿を現したのも偶然だろう。旧知の仲ゆえに油断でもしたのだろうか、でなければそんな失態は彼女らしくなかった。
「ナルトよ、このこと誰かに話したか?」
問いに問いで答えられ、ナルトは首を傾げた。
「誰にも話してないってばよ。そもそも話すような奴なんていないし」
少年は狐のように目を細めた。
「そうか…」
「なぁ、オレまたあいつに会いたいんだってば」
今のナルトと権兵衛が会うのはある意味では好ましくない状況だ。けれど、大人の決めた都合など振り払って子供達には力強く生きて欲しいとも思う。
(トウマよ、お主の考えたようにうまくいくかどうか…)
ヒルゼンは数瞬。それでもいくばかりかのことを考えて次の言葉を慎重に選んだ。
「その少女のこと一切の口外を禁じる。また満月の夜に森に行け。会えるとしたらそれしか手段はないじゃろう」
また姿を現わすかどうかは権兵衛次第じゃ、と続けて言うが表情は苦しい決断をする者のそれだった。ヒルゼンの表情とは打って変わってナルトは笑みをさらに深くし、大丈夫!と自信満々に呟いた。
「また会えるか聞いたら、こんな月の夜にはって返してくれたんだ」
だからまた会えるってばよ、と確信に満ちた表情を浮かべる。それをしばし目を大きく瞬いて見ていたヒルゼンは先程までの苦々しい表情を一変させて少年に向かって笑みを浮かべる。

『子供に辛い思いをさせたい親なんていない。でもそれ以上に…』
少年の顔を見て、過去、今は亡き男の言葉を思い出す。
(そうじゃなトウマ)
『親は子供の幸せを願うものでしょう、三代目』
そう言って男は屈託なく笑った。どこか権兵衛に似た面差しの男。
(わしは安全な柵に囲うのではなく、ただ見守っていこう)
『オレは子供を…、権兵衛を信じてますから』

「ところでじっちゃん、次の満月まで何日あるんだってばよ?」
「ふむ、あと28日かの」
「えぇっ!そんなに!!?」
既に辛抱たまらなそうにしている少年を見て小さく息を漏らす。これから数々の試練がこの子供達を待ち受けることだろう。願わくば子供達が後悔のない決断をし、そしていつか…、幸せの内に笑っていることを。



「そんだけ時間があるんだったら、次こそは権兵衛に勝つために修行、修行だってばよーっ!!」
大人の思惑など知る由もなく。両手を天井に向けて気合を入れる少年は楽しそうに笑っていた。



望月の兎

希求





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