小説 | ナノ


▽ 06 想えども


手の平に感じるその白い髪は淡雪のように柔らかく、雪解け水のように滑らかだった。あまりの心地よさにより近くに行きたい衝動に駆らる。その髪に顔をうずめたいと思った。その細い肩を抱き寄せたいと思った。それは小さな獣を撫でていると感じる愛おしさにも似た思いだった。ぐっと腕に力を込め少女への距離を詰める。その体をすっぽりと自分の体におさめようとした瞬間。ナルトの思惑を知ってか知らずか、するりと少女は体を離した。顔には至極、残念そうな表情。その感情を表すように体を離すために使った手は、ナルトの胸のあたりの衣服を掴んだまま。少ししてやっと作ったような笑みに変わると、ごめんねと小さくこぼした。
「もう帰らなきゃ」
そうこぼす少女にナルトもまた落胆した。掴みそこねた、兎のような少女に声をかける。
「また…、会えるよな?」
名残惜しそうに腕を離す少女はナルトのその言葉を聞いて動きを止める。逡巡し、詳細を語れない少女はそれでも自分の精一杯で返答した。
「今夜みたいな月の夜には」
困ったような表情を貼り付け遠慮がちに少女は言った。その言葉に空を仰ぐと黒い帳は取り払われ白い光が差す。その光に遮られ、月はもうほとんど視認できなかった。朝がやってくるのだ。
「権兵衛…」
空に向けていた視線を少女にうつす。いや、正確には少女がいたあたりに。ナルトの視線の先にはいるはずの少女がいなくなっていた。
「おい、権兵衛ーー!!」
ナルトの声は鳥の囀りが響く森に虚しく吸い込まれていった。



翌日の晩、ナルトは最初に少女と出会った木々の間で白い影を探す。彼女に教わった通り目や耳を使って森を駆けずり回り、暗闇に不似合いな白を探した。隠れる彼女を探すのは困難だが、こうして自分が来ていることが分かれば彼女から会いに来てくれると思ったのだ。少女と遊んだ森を半周したが、一向に物音をたてる存在が自分しかいない。再会できない、恐怖にも似た感情をかみ殺すようにナルトは駆けた。広大な森を一周して肩で呼吸をして膝をつかむ。絶え絶えの呼吸が整う間に
「そうだ、オレの足が早過ぎて追いつけねぇんだ!」
新たな考えに少しだけ期待する。今、駆けた道を振り返り
「おーいっ!!権兵衛ーー!!」
草が揺れる。葉がざわざわと囁く。けれど、それ以外にナルトの声に返事するものはなかった。
「権兵衛…」
小さく溢れる声。言葉にするつもりもなかった、少年の儚い声。ナルトは先ほどとは違う道を使って、走る速度を落としてもう一周、森を駆け巡る。



「おーいっ!!権兵衛ーー!!」
時を同じくしてナルトのいる場所から5km離れた地点。常人には聞こえるはずもない距離にいる権兵衛はナルトが叫ぶ方向へ視線を向けた。そんなことをしても少年の姿を視認できるはずもないのに。そうせざるを得ない焦燥感に駆られた。
「ナルト…」
自分を呼ぶ声に応えられない歯がゆさに少女は表情をゆがめた。
「ごめん…」
少女は鉄格子からいくばかりか月の光が差す半地下の牢獄に身を置いていた。牢獄と言っても扉に鍵はかかっておらず、出ようと思えばいつでも出ることが出来た。いや、鍵なら確かにある。少女の心の中に巣食う恐怖心。
牢獄の出口に向かう扉の向こうには複雑で罠に溢れた迷宮がある。仕掛けられた罠の難易度は様々だが時には侵入者の命を奪うものもある。四六時中、迷宮は姿を変えるため地図などなく、無傷のままこの牢獄に辿り着けるのは卓越した聴力を持つ権兵衛くらいのものだろう。難攻不落な迷宮、その先に在るのは宝ではなく権兵衛と言う名の少女のみ。何故、そこまで厳重にと誰もが疑う迷宮。しかし、それは権兵衛の正体を知らぬ者にとっての話。権兵衛の正体を知る者にとって、いや、全世界どんな生物にとっても権兵衛はなににも勝る宝なのだ。
そしてそれこそが、少女がこの牢獄から出れない唯、一つの理由。権兵衛がひとたびこの牢獄から足を踏み出せば、あらゆる人間、あらゆる生物によって少女は…。


















ひとところに喰われるだろう。



望月の兎

想えども





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