小説 | ナノ


▽ 05 一握の想い



――トントン
肩に触れる力強い指。釣られてそちらの方に視線を向けると…。
両の指を器用に使って目、頬、口をガマガエルのように横に引き伸ばし舌を出す顔がそこにあった。
――プッ
こらえきれずこぼれる息、次の瞬間には。
「アハハハハハッ――!!」
夜の闇に似つかわしくない、けたたましい笑い声が鳴り響いた。



「やったってばよっ!」
右手で小さくガッツポーズを作る少年は勝ち誇った笑みを少女に向ける。しかし、少女はそのことには気付かず未だに腹を抱えて笑っていた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。ひとしきり笑われた後、なんだか段々といたたまれない気持ちになった少年は、辛抱しきれず少女を呼んだ。
「あ、あの…、権兵衛…?」
どこか遠くへ行ってしまった旅人のような少女にかける言葉。笑わせた本人はうろたえてさえいる。
「な、なる…ほどっ…」
権兵衛の返答は息も絶え絶えだった。笑い声に費やした呼吸は、少女の小さな体になかなか帰ってこない。
「隙を突くって…、こういうことかっ」
権兵衛はフフッと小さく笑った。
ナルトの虚を突く行為は面白かった。殺伐とした状況下で使えるかと問われれば閉口してしまうが…。それでも、命の駆け引きばかりを考えていた権兵衛にとって、あまりにも突拍子もないナルトの行為は大いに笑わせてくれた。ナルトのカエルのような顔もパンチがきいていたが、それ以上に思ってもみなかった方向に努力する少年が、より面白かったのかもしれない。こんな方法もあるのかと学ぶ反面、権兵衛は違う印象を覚えた。
「ナルトって優しいね…」
年相応に微笑む少女は可愛らしかった。
それを見たナルトの頬が少し朱に染まったのは、異性への高ぶりか、人を初めて笑わせた興奮からか、こればかりはナルト本人にもわからなかった。

どこか照れくさくなったナルトはしばらく権兵衛の顔を見れないでいた。二人、横に並んだ形で座っていたが、あまりにも静かな権兵衛に訝って視線を向けるとゆっくりと船を漕ぐ少女がいた。空を見上げると月はだいぶ沈んで、闇が心なしかうっすらと白んでいた。目をトロンと眠たそうに開いている少女を見て、ナルトはしゅんとする思いだった。この楽しい時間がもうすぐ終わると思ったのだ。途端に押し寄せる寂寥感。今、隣に感じる少女の温もりも、なくなればよりいっそう冷たく感じるのだろう。ナルトは睡魔と必死に戦う少女を見やると、困ったように眉尻を下げ、けれどしょうがないなと言わんばかりに口は笑っていた。
「権兵衛――、権兵衛――!」
少女の肩をポンポンと叩きながら揺さぶり起こす。権兵衛はビクッと体を緊張させ、ナルトをバッと見上げると、ホッとしたように息を吐いた。
「なんだ、ナルトかぁ――」
脱力しながら言う権兵衛に少しムッとする。
「なんだって、なんだってばよ…」
目を狐のように細めながら言うナルトに権兵衛は焦りながら、すぐに口を開く。
「や…、あの…」
口を開くが、返答は宙ぶらりんなまま、権兵衛は申し訳なさそうに視線を落とす。
「隣にいるのがナルトで良かったって言うか…、その…」
権兵衛は眉尻を下げ、困ったように笑った。
「ナルトだから…、安心して寝ちゃったみたい…」
ごめんね、と小さく付け足して少女は申し訳なさそうにナルトに視線を送る。権兵衛が謝罪してくるのとは裏腹にナルトは自身の熱が高まっていくのを感じた。つい先ほどまで落胆とも苛立ちとも言えない感情で騒いでいた胸は、今、自身の鼓動の速さで騒がしくなっていた。
(オレだから、安心してって――)
頬を染めて縮こまっている少女を見ると、得も言われぬ感情がこみ上げてくる。その感情を鎮めるように、隠すように、少年は少女の頭にボスッと手を置いた。
「わっ!なに?」
権兵衛はナルトの手を両手で取って、こちらを見ようとする。それを頑なに抑え込んで少女の頭を撫でてやった。
「ちょっ!ナルト!くすぐったいよ!」
ふふっと声をこぼして笑う少女の顔を見て、ナルトは不器用に明後日の方をみやる。
「権兵衛のが年下なんだから、これでいいんだってばよ!」
わけのわからない主張を頭の上からかぶせられ、権兵衛は不思議そうにナルトの表情をのぞきこむが、ナルトの顔はと言うと自分とはまったく別の方を向いていて確認のしようがない。ただ、見られていないことが分かって権兵衛は少しだけ油断した。へへっと気付かれないように笑いながら自分の頭をナルトの手へとこすりつける。

まるで兎がもっと撫でて、とねだるように。それを一瞬、横目に見ていたナルトはよりいっそう頬を染めて…。

二人は互いに気付かれないまま、想いを募らせていった。



望月の兎

一握の想い





/

[  ↑  ]