小説 | ナノ


▽ 01 狐と兎


4歳の少年少女が出歩くには似つかわしくない暗い夜。空には煌々と輝く星空。子供を包むように星々を照らす優しい光は空の半分を占める大きな満月だった。


少女は桜を見ていた。月の柔らかい光に照らされた桜の花びらはまるで雪のようで。ひと月に一度、月が満ちる晩にのみ外出を許された少女は時間が止まったようにそれを見ていた。


少年は少女を見ていた。月の柔らかい光に照らされた少女の髪はまるで雪のようで。風に揺れる少女の髪と月に照らされる桜の花弁はキラキラと少年の目を奪うには十分だった。


どれだけそうしていただろうか。二人に聞こえるのは風が揺らす木々のざわめきだけ。ふと少年が一歩ふみだす。草がガサリと音をたてた。葉が揺れる音とそう大差の無い音。けれど、少女はそれを聞き分けて少年の方を見やる。少女の目は炎のように赤かった。いや炎ではなく、そうマグマのようにただただ純粋に紅かった。

少年の目は空のように蒼かった。深い深い蒼に吸い込まれそうになる。対して髪は日のように金色で、その相貌だけで温かい印象に少女は見惚れる。けれど、それは一瞬のこと。そう一瞬で…。少女は脱兎の如く駆けた。少年は意識するでもなくそれを追った。狐が兎を追うようにそれはごくごく自然なこと。草を駆け、川を疾り、野を越えて、二人は走った。しかしほとんど外に出ることの無い少女は慣れない地形に足をとられ狐に捕まってしまう。腕をとられた瞬間、足から力が抜けて少女は倒れこむ。少年はバランスを崩して少女に引っ張られる形となり二人、重なり合うように地面に伏す。

少年は少女の紅い双眸を見つめながら
「おまえ誰だってばよ」
息の上がる少女は一瞬、目を見開いて、その後に眉尻を下げて小さく微笑った。
「名無しの…」
凛と、透き通るような声だった。心なしか少女の睫毛は涙に濡れている。
「名無しの権兵衛だよ。ナルト」
驚いたことに少女は、権兵衛は自分の名前を呼ぶ。
「どうして、オレの名前…」
「知ってるよ、私の…大好きな人の名前」
権兵衛の声はナルトに聞こえないまま、桜の雪に溶けて散った。そう、再びこの名前を口にできることが幸せなのだから。少年の目に映る自分が初めだったとしても…。権兵衛は涙をこぼして儚く微笑った。



望月の兎

狐と兎





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