小説 | ナノ


▽ 00 序章


「オレが…、嫌なんだ」
泣きこそしないが、自分の胸が痛むと言うかのように眉根を寄せて少年は言う。
「どうして外に出たいと思わねぇんだ?
 自由に外に出て、遊んで、笑って…っ!」
少女の胸もまた痛んだ。それは悲しみでもあり喜びでもあった。自分のために胸を痛める少年の存在が痛くなるほど嬉しい。けれど、それは叶わぬ夢なのだ。父が築いてくれた自分の安寧。だからこそ、少女は今の状態を否定できない。拒否できない。尊敬する父が命がけで護ってくれたものだから。
「無理だよ…。私は身を守る術をもたないから、外に出たらすぐに食べられちゃうんだ」
自分の宿命がこんなにも苦しいのかと少女は涙を堪える。出来ることならば外に出たい。いや、外に出ることはさして重要なことではない。ただ、少年と共にありたい。一人きりで過ごす少年の傍にいて支えたい。ささやかな願いのようで、少女の宿命はそれを許さない。
「だったら…」
少年がグッと息をとめて力を込めて言う。
「オレが守ってやるってばよ!」
少女の目が丸く見開かれる。力の無い少年が拳を握って言うのだ。少女にとって突拍子もないその言葉がジリジリと少女の胸を焦がす。少年と過ごす夢のような生活が己の未来に有り得るのかと。しかし、その考えも一瞬で無に帰す。
「私を守るのは火影様でも難しいんだ。だから…」
だから無理だよ。と告げようとした。自分でも言っていて嫌になる。けれど現実をしっかりと受け入れなければこれから生きることがどれほどの苦痛を伴うか。少年の言葉に胸躍る少女はそれを必死に押さえつける。しっかりと告げるのだ。自分に、少年に。淡い夢はみるだけ酷なのだと。しかし、少年の次の言葉は少女の目をさらに丸くさせた。
「だったら!
 オレは歴代のどの火影をも超えておまえを守ってやるってばよ!!」
鼻から荒い息が見えそうになるほど少年は勢いよく叫んだ。今度は拳を少女の方に突き出す。一人じゃない。オレと一緒に頑張るんだ、と言わんばかりの力強い拳。
少女は目を丸くして少年の瞳と拳を交互に見る。夢だ、叶わぬ夢だ。少女は何度もそう自分に言い聞かせてきた。だからこそ、この少女の諦念を覆すのは難しい。いや、それこそあってはならないのだ。自分の未来に希望なんて。けれど少年の瞳に宿る力強い光が、少年の握る拳の熱が。「諦めるな」と音にならない言葉で少女の心を奮わせる。違う、ダメだ、諦めろ、と少女の理性が言う。けれど少年が燈した少女の心の熱はもう消えてしまえるほど小さくなかった。少年が言う、「諦めるな」と。少年が誓う、「守ってやる」と。これほど嬉しい言葉があるだろうか、これほど…、胸がふるえる誓いがあるだろうか。弱いなら強くなれば良い。叶わないなら叶えるだけの力を身に付ければ良い。諦めない限り、終わっていないのだ。いくらでも足掻くことは出来るのかもしれない。少女は堪えていた涙をとうとう落として言う。
「ほんとうに…?」
嗚咽交じりの小さなか細い声。けれど少女は確かな心で言った。
「ほんとうにまもってくれるの?」
涙が少女の頬をつたう。少年は待っていましたと言わんばかりに眉間に皺を寄せクシャリと笑った。
「当たり前だってばよ!」
少年の言葉に少女も笑う。少年が口にした言葉はどれほど壮大で困難な道だろう。少女が背負う宿命とは世界に通ずるほどに大きいものだ。けれど、きっと少年は叶えるのだろう。少年の瞳に燈るその光は燦々と太陽が輝く青空のようだ。不思議と先行きが明るく思えてくる。目を閉じ、少し考えた後に少女も誓った。
「それなら私はナルトを護るよ」
少女の表情にもう涙はない。頬に涙の痕はあるが少女の紅い双眸にもまた、光が宿っていた。
「えっ?」
意外な言葉に目を丸くする少年。
「ナルトが火影になったら木の葉の人たちも守らなきゃ!きっとすごく大変だから…、私がナルトを護る!私がナルトを支える、…支え…たい…」
遠い未来に願いを込めるように、少女はナルトの背の向こうにある広い世界を見据えて言った。その表情は柔らかく、けれど力強く微笑っている。ナルトもはじめは戸惑いを見せたが、少女と同じように笑みを浮かべた。
「オレってば最強の火影になるからよ!みぃーんな守ってやるってばよ!」
だからおまえの出番なんてない、とでも言いたげに少年は頭の後ろに腕を組んで、今度は悪戯っぽく笑って少女を見遣る。少女はますます笑みを深くし、鼻から大きく息を吸って。
「約束!」
拳を固めた手を差し出すと少年も拳を返した。最高の悪戯が成功した時のような笑顔。

小さな少年と少女が、幼い頃に交わした大きな約束。
世界でたった二人の大切な思い出。



望月の兎

序章 大切な思い出





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