慈悲と優しさ



 
「みんな、お前のことなんて大嫌いなんだ…」

「みんな、わたしのことが…嫌い…?」



まるで地の底から聞こえるような低い声。
その声が、目の前に立つ、はなちゃんに向けて放たれる。



「そんなことない!」

「そうよ、勝手なこと言わないで!」



次々と倒され、傷付けられたみんなが必死にはなちゃんに向かってそう言う。
けれど、その声さえも嘲笑い、奴はなおもはなちゃんに続ける。



「みんな、上辺だけさ」

「そんな…そんなことないよ…だって、わたしたちは…仲間だもの…」



直感で感じる…まずい。
はなちゃんの声は、さっきよりもずっと弱々しいから。



「弱くて、泣き虫で、自分勝手なお前のことを好きでいてくれる奴がいると本気で思っているのか…」

「弱くて、泣き虫で、自分勝手…」

「それ以上、はなの悪口を言ったら許さない」

「うるさい、雑魚が…」



そう言って、奴はガルゴモンを吹き飛ばした。
ガルゴモンは悔しそうに奴を睨む。
私の隣のシーサモンも悔しそうだ。
わたしも悔しい。悔しいけれど、わたしたちだけの力では奴には敵わない。



「悪口…さぁ、お前のパートナーもお前の悪いところだと認めたようだぞ」

「わたしの…悪いところ…?」

「はな、惑わされちゃダメだ!」



ああ言えば、こう言う。まるで、揚げ足をとるかのように。
体を傷つけるだけでなく、心まで傷つけないと気が済まないのか。
わたしは悔しさに思わず手をぎゅっと握りしめる。

はなちゃんは立ち尽くして奴を見つめていた。
その瞳には涙が溢れている。



「存分に悲しめ、その悲しさがわたしの力となるのだ」

「みんな…わたしのことなんて…嫌いなんだ…」



はなちゃんが呟くようにそう言うと、頭を抱えてその場にうずくまった。
わたしはいてもたってもいられなくなって、はなちゃんの元へと駆け寄る。
その途中で邪魔されそうになるけれど、そんなのに構っていられない。
あの子をわたしは助けてあげなくてはいけない。

いつも無茶してばかり、いつも何かを堪えて笑顔をこぼしているあの子を。



『はなちゃん…!』



わたしははなちゃんの元へ駆け寄ると、その体を後ろからぎゅっと抱きしめた。
すすり泣く声も、震える体も、この手を通して伝わってくる。



「湊海さんも…わたしのことが嫌い…?」

「そうだ…」

『嫌いなわけ、ないじゃない』



はなちゃんを抱く手に、ぎゅっと力を込める。



『わたしがはなちゃんのこと、どれだけ好きか、教えてあげる』

「え…?」



はなちゃんはゆっくりと顔を上げた。
わたしが腕を緩めると、はなちゃんがくるりと振り返る。
わたしは涙に濡れた顔にはりつく髪の毛をちょんと避けてあげながら、はなちゃんに微笑んだ。



『はなちゃんのデジモンと仲良しなところが好き、はなちゃんが誰かのために無茶しちゃうところも好き、はなちゃんのテリアモンを見るときの優しい目が好き…』

「湊海さん…」



はなちゃんは目を見開いた。
奴は相変わらずごちゃごちゃと何かを言っている。全くうるさい。
わたしは奴には構わずに言葉を続けた。



『はなちゃんのおっちょこちょいなところが好き、はなちゃんのちょっととぼけたところも好き…それに、わたしのことを大好きっていつも言ってくれるはなちゃんが大好き』

「湊海さん…わたしも、湊海さんが大好き、みんなが大好き…だから…」

『みんなも、わたしと同じ気持ちだと思うよ…みんな、はなちゃんのことが大好きだから…泣き虫も弱虫も自分勝手も全部受け入れてあげるから…信じて』



わたしの言葉に、はなちゃんは涙をごしごしとこすって微笑んだ。



「湊海さん、ありがとう…いつも助けてくれて…わたしも、湊海さんたちを守れる力が欲しい…持てる…かな…?」

『きっと持てるよ、2人一緒なら…』



わたしがはなちゃんに笑顔を向けると、はなちゃんもやっとにっこりと笑った。
その瞬間、ポケットの中のD-3が強く光る。



「これって…」

『はなちゃん…わたしたちは最強のコンビだと思うんだけど、どうかな?』

「…うん!さいきょう、だね!」



いま、心をひとつに。








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