ヤキモチ




空はどこまでも青く澄み渡っていて、絶好の遊園地日和。
ヒカリがすうっと息を吸って、はなに笑顔を向けた。



「良かったね、いいお天気で」

「うん、暖かくて、風も気持ちいい」



そう言って、ふたりが乗っているのはゴーカート。
安全第一、景色を楽しみながら走るふたりの横を…。



「よし、あたしたちが一番よ!」

「京くん、ゴーカートなのに酔いそうなのですが…」



そう言って、京と光子郎を乗せたゴーカートが抜かしていった。
その勢いに、ヒカリとはながポカンとしていると、またも後ろからエンジン音がする。



「へいへーい、ふたりともかわいいね!俺たちと並走しようぜ!」

「なに馬鹿なこと言ってるの、大輔くん。はい、しゅっぱーつ!」

「あ…てめぇ、タケル…俺の足踏んでる…わざとかよ!」


「…何も聞かなかったことにしよう、はなちゃん」

「そうだね…」



今しがた受けた大輔からの謎のナンパと、その後ろで涼しい顔をしていたタケルのことを忘れるように、ヒカリとはなは首を振って、周りの景色に目を向けた。
今度は横にオレンジ色のゴーカートがゆっくりと迫ってくる。



『あ、ヒカリちゃんにはなちゃん!』

「湊海お姉ちゃんと飛鳥さん!やっぱり、のんびりがいいですよねぇ」

「あはは、大輔くんや京のこと?」

「えへへ…」



はなは困ったようにふたりに笑顔を向けた。
ふたりもヒカリやはなと同じ気持ちなのか、遠い目で前を見つめる。
しばらくして、湊海やはなが出発地点に戻ると、光子郎がうずくまり、大輔と京は何やら言い争っていた。



『お…お疲れ様です、光子郎さん…』

「ああ…やっと皆さん、戻ってきたんですね…」



光子郎は希望を見出したかのように、湊海たちに視線を向けた。
そんな様子に、光子郎の苦労をうっすらと感じて、ヒカリたちは曖昧に笑う。



「皆さん、お待たせしました…」

「あ、伊織くん、おかえりなさい」



駆け寄ってくる伊織に、タケルが笑顔で返事をすると、ついさっきまで大輔と言い争っていた京がパッと振り返る。
突然言い合う相手を失った大輔はそのまま、2、3歩前へと歩いて、空気を掴んだ。



「伊織、ひとりになっちゃってごめんねー!次は3人ずつで乗れるティーカップにしよう!」

「一緒に乗る人はまたくじ引きで?」

「そうだね、それが一番もめないし…」



遊園地の乗り物はだいたいが2人乗りか3人乗りで、それぞれ誰と乗るかは毎回くじ引きで決めていた。



「よーし、俺、ヒカリちゃんと一緒に乗れるように頑張ろう!」

「えー…わたしは、湊海お姉ちゃんか京さんか、もう一回はなちゃんがいいなぁ」



大輔のきらきらした視線を避けるように、ヒカリが湊海たちに視線を向けた。
湊海が苦笑いを浮かべながらも、ヒカリにぐっと指を立てる。



『良いじゃない、減るものじゃないし!』

「湊海お姉ちゃん…」

「湊海ちゃん…!俺、湊海ちゃんでも良いよ!」

『あはは、わたしも大輔くんでも良いよ。ノープロブレムだよ』



そうして、みんなでくじを引いたなら…。



「なんか…とっても惜しいんですけど…!」

「あはは、何が惜しいの?大輔くん」

「同い年組で集まって良いじゃない、ね、タケルくん?」

「全然良くなーい!お前がいることによって全く良くない!」

「お前じゃなくて、タケルくん!」

「うっ…」



大輔がぎゃあぎゃあ言っているのを、爽やかに見つめているのが、ひとつ学年が違うだけですっかり落ち着いているこの6年生ティーカップ…。



「まーた、馬鹿やってる…」

『良いじゃない、元気が良くて』

「元気の域を超えてるわよ…」



京がはぁ、と頬に手を当てて息を大きくつくのを見て、湊海と飛鳥が顔を合わせて苦笑いする。



「大輔くんってわかりやすいよね」

『度が付くストレートだから…そこがかわいいんだけど』

「前から思ってたけど…大輔のこと、かわいいって言えるなんて湊海ちゃんって大人よね」

『えー、そうかな…普通にかわいいと思うけど…』

「でも、湊海がかわいいって言うことによって、少なからずヤキモチを妬く人もいると思うよ、俺は」



飛鳥がそう言って、湊海を見つめると、京がにやにやと飛鳥を見つめる。
湊海はぴんとこないようで、渋い顔をしていた。



「おっ…飛鳥くん、それってつまり…?」

「湊海はわかってなさそうだから…湊海には内緒な!」

『ふたりして…何かからかってるでしょ?』

「さぁね…」



飛鳥の意味深な笑顔を湊海が口を尖らせて見ていたその頃、残された年齢バラバラティーカップでは…。



「はぁ…良かったです。もし、大輔くんや京くんと一緒だったら…」

「…考えたくもないですね」



ゆるゆると回るティーカップに乗りながら、ふうとため息をつく光子郎にはなと伊織が苦笑いをしながら、顔を見合わせる。
はなの顔を見て、伊織がふと何かを思い出したように、その口元を緩めた。



「…ところで、よくテリアモンを太一さんのところに預けてこれましたね」

「遊園地なんて言ったら…お風呂どころの騒ぎじゃなかったでしょ?」

「うん…太一さんのところに連れて行ったは良いんだけど、もう太一さんの腕の中で殴るわ蹴るわ叫ぶわ暴れちゃって…本当に太一さんに申し訳なかったよ」



はなはそう言うと、首を傾けて苦笑いをこぼす。



「まるで…春休み明けの幼稚園生ですね」

「光子郎さん、その例え、すごくわかりやすいですね!」



伊織が感心したように、瞳をきらきらさせて光子郎を見る。
光子郎は少し照れたように頭を掻いて、はなに視線を戻した。



「それで…結局どうしたの?」

「駅前のケーキ屋さんのスペシャルロイヤルスイートチョコレートケーキをお土産に買って行って、"良かったら食べてね、テリアモンと一緒に"って太一さんに渡したら、少し大人しくなって…その瞬間にヒカリちゃんが扉を閉めたから、あとはもう闇の中だよ…」

「スペシャルロイヤルスイートチョコレートケーキを選ぶあたり、さすがパートナーですね」

「あとは…太一さんの無事を祈ろうか」



そう言って、光子郎は何かを想像してから、はなと伊織に気まずそうに微笑んだ。



「次、あれ行こー!!」

「あれって…ジェットコースター…?」

「ヒカリちゃん、もしかして怖いの!?俺、ヒカリちゃんと乗ってあげるよ!俺がいればちっとも怖くな「ううん、好きだよ、ジェットコースター」



ヒカリが大輔の言葉を遮ってにっこりと笑うと、大輔ははぁ、と息をつく。
そんな大輔にくすくす笑いながらも、何となくいたたまれない気持ちになったはなが京に声をかけた。



「今度もくじびきかな?」

「だねー!」

『大輔くん、まだチャンスはあるよ!』

「やめて、湊海お姉ちゃん…」

「よーし…!」



色んな表情が混ざり合う中、くじ引きを引いた結果…。



「ふう、風が気持ち良い」

「よ…余裕ですね、ヒカリさん…」

「あれ…?もしかして、伊織くん…」

「いえ…平気です…へい…き…」

「伊織くん!?大丈夫!?」



それから伊織はジェットコースターから降りるまで一言も言葉を発しなかった…。



「ヒカリちゃんと乗れなかったのは残念だけど…でも、湊海ちゃんと乗れて嬉しいなぁ…!」

『わたしも、大輔くんと乗れて嬉しいよ』

「湊海ちゃんも怖かったら俺に言ってね!俺、湊海ちゃんのこと、全力で守ってあげるから!」

『大輔くんは頼もしいなぁ』

「へへっ…だろ?」



大輔はそういうと、鼻をこすってにっこりと湊海に笑った。
そんな様子に湊海はくすくすと笑顔をこぼす。



『頼もしいけど…やっぱりかわいい!』

「…もう、湊海ちゃん、俺だって男なんだよ?かわいいだけじゃないところ、そろそろ見つけてよ」



妙に真剣に、目を細めてそう言った大輔は今までより少し大人っぽくて…湊海が目を見開いた瞬間、ジェットコースターはものすごい勢いで駆け出して、胸がドキドキいう音もその轟音の中に消えていった。



「なんだか、光子郎さんとって新鮮だな」

「たしかに…ずっと一緒に冒険してたのにね」

「光子郎さん、絶叫系得意?」

「うーん…まあまあかな…嫌いではないよ。タケルくんは?」

「結構好きかな…まぁ、もっと大変なこともたくさんあったしね」



タケルはそう言って、光子郎に苦笑いをこぼす。
光子郎も少し上を見上げて、何かを思い出して、困ったように、それでも少し嬉しそうに笑うのだった。



「湊海がよくはなちゃんの話をしてるから、普段あまり話さないけど、全然そんな感じしないな」

「え…?わたしの話…?」

「うん、お花が好きなんでしょ?前にお花畑で花かんむりと花のブレスレットをつけた時、お姫さまみたいだったって…」

「わぁ、懐かしい…!その時にね、湊海さん、花菖蒲をくれたんだ!今でもわたしの宝物。押し花のそのページは特別なんだよ!」

「そっか…湊海、好かれてるな」

「みんな、優しくて、楽しくて、困った時にはどしっと構えてくれる湊海さんが大好きなの。飛鳥さんもそうでしょ…?」



はなのその質問に飛鳥が一瞬どきりとする。
けれど、裏のない純粋な真っ直ぐな瞳にはなの言葉に深い意味はないのだと、少しだけほっとして、目を細めた。



「うん、好きだよ」



その言葉にはなもその目を細めて、それから安全バーをきゅっと握りしめた。



「もうもうもう…どうして、ジェットコースターに乗る時に限って1人を引いちゃうかなあ!京のバカ!」



子どもたち8人がそれぞれ色んな話をする後ろで、京の嘆きは空高く抜けていったのだった。



「あー、楽しかった!」

『だね!しかも大輔くん、ちょっとかっこよかったよ…!何か!』

「本当!?よっしゃー!やりぃ!」



ジェットコースターから降りて、湊海と大輔がそう話すのをタケルとヒカリとはなが後ろから見つめていた。
湊海はいつものように大輔の頭を撫でる。



「大輔くん、何かってハッキリ言われてないの、気付いてるのかな…」

「多分、気付いてなさそうだよね…はなちゃんはどう思う?」

「…」



なかなか返事を返さないはなに、ヒカリがはなの顔を覗き込む。
はなはポカンとしたまま、湊海と大輔のやり取りを見つめていた。



「はなちゃん…?大丈夫…?」

「え…!あ、ごめん…ちょっとぼーっとしてた…」



そう言って、はながはにかむと、大輔がくるりと振り返っていたずらっぽく笑う。



「…もしかして、はなちゃん…ヤキモチ?」



そう言う大輔にタケルとヒカリが冷めた視線を大輔に送り、湊海までもが苦笑いをこぼす。
聞かれたはなは少し考えてから、腕を組んで首を傾げた。



「そうかも…」

「「え!?」」



タケルとヒカリ、湊海が思わず驚きの声を上げ、自ら言ったにも関わらず思わず赤くなる大輔に、はながにっこりと笑う。



「わたしも…湊海さんとジェットコースター乗りたかったなって…」

「ああ…そっちか…」

「びっくりした…」



タケルとヒカリと湊海は思わずはぁ、と息を吐き、大輔は「だよなぁ」と頭を掻いた。



「俺と乗るの、嫌だった?」

「ううん、わたしも湊海さんにかっこいいところ、見せられたのになって思っただけ。だから、飛鳥さんと乗れて、楽しかった!」



飛鳥に申し訳なさそうに、両手を顔の前で振って慌てて返すはなの様子に、湊海が目を細める。



『わたしも、飛鳥くんにヤキモチ』

「え…なんで!?」



湊海が手を後ろに組んで、そう言って微笑むと、飛鳥が少し驚いて湊海に尋ねた。



「はなちゃんのかっこいいところ、見たかったなって…だけど、はなちゃんのかっこいいところはたくさん知ってるから、大丈夫だよ』

「俺は!?」

『うん、大輔くんもかっこいいよ…何か、ね』



両手を前に組んで目を見開くはなの前に、大輔が割り込んで手を挙げる。
同じような顔で湊海を見るはなと大輔の頭を湊海が両手でくしゃくしゃと撫でた。



(やっぱり、忠犬…かな)



湊海はくすりと笑った。

楽しい時間はあっという間で、日はだんだんと傾き始め、赤く色付いていく。



「そろそろ、最後かな」

「締めはやっぱり…観覧車ですよね!」



光子郎の言葉に、京が夕日の中に佇む観覧車を指差す。
京のその言葉にみんなもこくりと頷いた。



「よし、観覧車で一気に挽回だ…!」



相変わらずそう気合を入れる大輔に、何かを返すのも疲れたヒカリは声もかけずにはなと観覧車を見上げていた。
そんな大輔を湊海と飛鳥は微笑み混じりで見つめている。

そして引いた、最後の運試し…。



「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、とても楽しかったよ」

「僕も…父がいないものですから、あまりこういうところには来ないので…少しはしゃいでしまいました」



伊織が照れたように飛鳥に笑顔を向ける。
そんな伊織に飛鳥も優しく目を細めた。



「良いと思う、はしゃいでも」

「そうですか…?」

「うん。だって楽しんでる伊織くん見たら、俺たちも楽しくなるしさ」

「…僕、あまり感情が表に出ないみたいで、そう思えば思うほど、自分でも感情を押し殺して生活していたような気がします」

「でも、伊織くんは変わったよね、デジモンたちに出会って…」

「そうでしょうか…」



伊織は窓の外を見つめて、少し考えてから、飛鳥に笑顔を返した。



「そうかもしれません…。アルマジモンと一緒にいると、素直になれる気がするから…」

「うん、やっぱり今の伊織くんのほうが前よりも何万倍も良い」

「…アルマジモンにも、何かお土産買ってかないと…ですね」



まるで観覧車の動きのようにゆったりとした静かな時間が流れるこのゴンドラの下で…。



「なんで…なんで、よりによってお前なんだよ!!」

「それはこっちの台詞だよ、大輔くん…」



向かい合って座りながら、タケルに指を指す大輔に、タケルは不満そうな顔でそう言った。



「せめて…せめて1人を引いたはなちゃんだけでもここに入れられたら…!」

「大輔くんはショック受けてて、はなちゃんが1人を引いた時のヒカリちゃんと京さんのこと見てないから、そんなこと言えるんだよ…」

「え…そんなだったっけ…?」



大輔のその様子に、タケルが「やっぱり全然見てなかったんだ」とため息をつく。



「テリアモンもびっくりなくらい、真っ先にヒカリちゃんが手を握って、京さんが肩を抱いて…」

「もういっそ、はなちゃんになりたい!」

「それは絶対に嫌だ…」



タケルがげんなりとして大輔を見て、それに大輔がさらに言葉を続けているその2つ上のゴンドラで…。



「はい、チーズ!」

「っくしゅん…あ…」

「はなちゃん、大丈夫…?」

「うん…でも、今、絶対に変な顔だったよね…」



はなのその言葉にヒカリがデジカメの画像を見返して、それからうーんと首を捻った。



「はなちゃんのくしゃみにびっくりして、ぶれちゃったみたい…もう一回撮っても良い?」

「もちろん!」

「元はと言えば、わたしのせいだし…ごめんね」



そう言ってヒカリがもう一度写真を撮って、それを見返したら満足そうに微笑んだ。



「うん、良い感じ!あとでテリアモンにも焼き増ししてあげなくちゃ」

「え…!何それ…!」

「今日、連れてきてあげられなかったからね…それくらいはしてあげないと」



そう言ってヒカリがくすくすと笑った。
はなも一瞬今朝のことを思い出して、京と顔を見合わせると苦笑いをこぼす。



「次はみんなも一緒に来れたら良いね」

「そうね…ん?」



京がはなの言葉にそう返すと、ふとヒカリの向こう側を見て、そのまま足をヒカリの隣へと向けた。
そして窓にしっかりと張り付く。



「うわー…湊海ちゃんと光子郎さん、楽しそう…!何話してるのかしら!」

「あのふたり、幼馴染だもんね」

「元々、仲良かったよね、湊海お姉ちゃんと光子郎さん」



はなとヒカリが顔を合わせて頷いた。
相変わらず窓に張り付いたまま、京が嬉しそうに言う。



「湊海ちゃん、好きな人いないとか言ってたけど…果たして、幼馴染の域で止まってるのかしら!?」

「えー…わたしも見たい!」



前のゴンドラを一生懸命見ようとする京に、はなもヒカリのいるほうへと向かって、窓の向こう側の様子を見る。



「京さんの言うこと、あながち間違いじゃないかも…」

「でしょでしょ!?」

「ここから撮れるかな…はい、チーズ…ふふっ」



ヒカリに写真を撮られているとはつゆ知らず…。



「やっぱり落ち着く、湊海さんとだと」

『そうですか?そりゃ、大輔くんや京ちゃんよりは落ち着くかもしれませんけど…」

「…湊海さんも案外言いますね…」

『光子郎さんこそ!』



光子郎と湊海は顔を見合わせるとくすくすと笑った。



『うわぁ…!』

「綺麗ですね、夕焼け…」



湊海が窓の外に目を向けて、嬉しそうにあげた声に、光子郎も声を返した。
そして、その目を細める。



「僕はコンピューターが好きで、パソコンに向かってばかりいるけど…夕焼けの色、楽しい思い出…何もかも、コンピューターではきっと再現できないんでしょうね」

『…わかりませんよ、光子郎さんなら』



湊海はそう言うと、光子郎を振り返ってにっこりと笑った。
そんな湊海の言葉に光子郎が目を見開く。



『だって、デジタルワールドはデジタルの世界…だけど、綺麗な景色も、忘れられない思い出も、わたしたちは見てきたし、作ってきたじゃないですか。だから、光子郎さんみたいにすごい人だったら、パソコンの中に奇跡を生み出せるかも…』

「湊海さん…」

『でも、そんな世界を作るためにもし疲れることがあったら、わたしを頼ってくださいね。パソコンの中に再現したいような夕焼けも、楽しい…かは約束できないですけど、何か思い出も、わたしが現実世界で見せてあげられるように頑張りますから』



そう言って、微笑む湊海は夕日を浴びているからか、それとも、その心を映しているのか、その髪も、その瞳も、きらきらと輝いていて、光子郎の胸にきゅっとなんとも言えない気持ちが込み上げる。
この言葉を出してしまえば、この優しい笑顔も、この美しい心も、失ってしまうかもしれなくて怖いから…だから、せめて…。



「…ヤキモチの再現なら、進みそうです」

『ヤキモチ…ですか?ああ、大輔くんやはなちゃんを見てれば、そうですよね…』

「うん、それもだけど…」



光子郎はそう言って湊海を見ると、ふっと微笑んだ。
その笑顔が少し切なそうで、大人のようで、まるで初めてデジタルワールドに行った時の少し幼い光子郎のようにも見えて、湊海はどきりとする。



「僕の気持ちも、ね…」

『光子郎さんの…?それってどういう…?』



湊海が思わず首を傾げると、光子郎は少し顔を赤らめて、それから人差し指を口の前に立てたら、くすりと微笑んだ。



「それは、内緒です」

『えー…気になります!わたし、知りたがりなので!』



光子郎を真似してそういう湊海に、光子郎はきょとんとしてから、くすくすと笑う。



「そのうちきっとわかりますから、その時を楽しみにしていてください」

『…今、知りたくても?』

「楽しみは後にとっておいたほうが、嬉しさも増すかもしれないでしょう?」

『…光子郎さんがそう言うなら…』



湊海はそう言うと、窓の外にもう一度視線を向けて、光子郎はそんな湊海を目を細めて見つめていた。

京の言うことは、あながち間違いじゃないかもしれない。








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