慈悲のデジメンタル

「ここは……」

 私は辺りを見渡した。どうやらここは森の中のようだ。しかし以前来た森とはまた別の様子。大輔くんたちも、近くにいるかな……?


「待ってたよ、湊海ちゃん」

 その声に、私はバッと後ろを振り返った。


「ロップモン!」

「久しぶり!」

 私はロップモンに駆け寄り、ぎゅっと抱き締めた。……良かった。ずっと会いたかったから――。


「背、大きくなったね」

「ふふ、そうかな?」

 私とロップモンはニコニコと笑い合った。 元気そうで何よりだ。


「今までどこに行っていたのですか?」

「うん、ちょっと……」

 ラブラモンの質問に、ロップモンは言葉を濁した。――あれ、どうしたのだろう。いつもなら、ちゃんと答えてくれるのに。私とラブラモンは思わず顔を見合わせた。


「心配しなくても大丈夫! それより、湊海ちゃんたちに見せたいものがあるんだ!」

 そんな私たちの様子を見て、ロップモンはそう言った。


「見せたいもの?」

「こっちだよ!」

 ロップモンの誘導に従い、私たちは森の中を進んでいく。そうしてしばらく歩いていると、大きな切り株が見えた。その上には何やら白いタマゴのような物が乗っている。


「おや? 切り株の上に何か……」

「何だろう……」

 近づいていくと、そのタマゴの正体が見えてきた。青色の角のようなものが生えており、真ん中には青い模様が刻まれている。――いや、模様なんかじゃない。これは……。


「慈悲の紋章だ……」

 私は呆然とそれを見つめた。 即ちこれは、慈悲のデジメンタル――。まさかこんなに早く出会うなんて、想像もしていなかった。


「……という事は、これは湊海様の!?」

「そう! そうなの! 湊海ちゃん、持ち上げてみてよ!」

 ラブラモンが珍しく興奮気味に声をあげた。ロップモンも嬉しそうに、私にそう促す。――でも、これは……。


「……これは、私のデジメンタルじゃないよ」

『え?』

 私のその発言に、2人は首を傾げた。


「このデジメンタルは、私のものじゃない。大輔くんたちみたいに、新しい選ばれし子どものデジメンタルだよ。早く探さないと……」

「まだ分からないですよ。タケルさんやヒカリさんのような事も、あるかもしれませんし……」

 ラブラモンは眉を下げつつもそうフォローしてくれたが、私は首を横に振った。


「……分かるよ。私は、あの2人みたいに特別じゃないから。みんなの希望の光になんて、なれない……」

 私は両手でデジヴァイスを握り締めた。いざ、自分の紋章のデジメンタルが目の前にあるとなると、こうなってしまうんだ。
――もう、気持ちに整理はついたと思っていた。でも、全然ダメだ。私は何も変わらないまま、変化を恐れている……。


「湊海ちゃん……」

「私じゃ、持ち上げる事は出来ないよ……!」

 私は思わずその場に座り込んだ。地面にポタポタと、涙が滴り落ちる。――情けない。デジメンタルを持ち上げるのが怖いなんて。これなら、小3の私の方がよっぽどしっかりしていた。……いや、違う。当時の私は、何も知らなかっただけだ。進化出来ない恐怖も、役に立てない悔しさも、その責任の重さも、何もかも――。


「ははは、随分楽しそうな話をしてるじゃないか!」

 この声は……、私はゆっくりと顔をあげた。


「やあ、先日はどうも」

『デジモンカイザー!』

「なんで君がここにいるの!? 話と違うじゃないか!」

 私とラブラモンが驚いている横で、ロップモンは大声でカイザーに怒鳴った。――話? どういう事だ? 私たちは思わず目配せをした。まさかロップモンは、カイザーと……?
 しかしそんな事はつゆ知らずといった様子で、カイザーはにやりと笑った。


「僕が君たちに持ちかけたのは、デジメンタルを壊すか壊さないかだ。その過程で妨害しないなど、ひと言も言ってない!」

「さいってい……」

 ロップモンはそう呟くと、鋭くカイザーを睨みつけた。


「ふん、最低で結構。……さて、貴女は湊海さんでしたっけ?」

「そうだけど……」

 私は目を拭い、すっと立ち上がった。それを見たカイザーが不敵に口元を歪ませる。


「……期待外れだなぁ。せめて持ち上げようとはすると思ったんだけど……所詮、貴女もその程度って訳か」

 私は無言で目線を下に向けた。――悔しいが、カイザーの言う通りだ。私は、何も……。するとその時、2つの影が私の前に現れた。


「湊海様を侮辱する輩は、私が許しませんよ……?」

「私も、許さないよ……!」

 ラブラモンとロップモンは私を庇うように、カイザーの前に立ちはだかった。するとカイザーは、不快そうに舌打ちをした。


「成長期如きが偉そうに……まあいい。ここからがショータイムだ」

 気を取り直したらしいカイザーは、パチンと指を鳴らした。


「いでよ! ギンリュウモン!」

「参る!」

 その途端、黒い鎧を纏った竜のようなデジモンが現れた。腕には黒いリングが嵌められている。


「黒いリング……」

 私は思わず後ずさりをした。これが付けられているという事は、無条件で敵だ。まずいぞ……、この場をどう切り抜けようか――。


「……ラブラモン、ごめん! ここは何も言わずに戦って!」

「もちろんです!」

「ま、待って! ここは逃げた方が……」

 しかしロップモンとラブラモンは戦う気のようで、戦闘準備に入っている。私は慌てて2人を止めた。


「そんな事したら、デジメンタルが壊されちゃうよ!」

「湊海様とデジメンタルは、私たちが必ずお守り致します!」

 ラブラモンとロップモンは体制を整えると、ギンリュウモンの元へ飛び出した。


「レトリバーク!」

 ラブラモンが地響きを起こし、ギンリュウモンを足止めした。


「ブレイジングアイス!」

 そこですかさずロップモンが必殺技を放つ。連携は完璧だ。しかし――。


「効かぬ……」

「な……!」

 ギンリュウモンは鎧で軽々と、ロップモンの技を受け流した。その見た目とは裏腹な動きに、思わずロップモンの目が見開く。


「棒陣破!」

「うわあっ!」

「ロップモン!」

 そのままロップモンはギンリュウモンに突撃され、地面に伏せてしまった。――このデジモン、とんでもなく強い。戦い方が上手すぎる……!


「くそっ! レトリバー……」

「させぬ!」

 必殺技を放とうとしたラブラモンの後ろに、ギンリュウモンが回り込む。そしてギンリュウモンは思い切り尻尾を振り、ラブラモンの体にぶつけた。


「ぐっ……!」

 ラブラモンはお腹を押さえ、苦しそうに地面に膝をついた。


「ラブラモン……!」

「ははは! たかが成長期2匹がギンリュウモンに敵う訳無いだろう! 馬鹿な奴らだ!」

 その様子を見ていたカイザーは、愉快そうに高笑いをした。私はカイザーを睨みつけた。自分より弱いものを虐めるなんて――本当に、最低だ……!


「さあ、そろそろトドメかな……」

「やめて……」

 私は首を横に振った。今、攻撃を放たれたらラブラモンとロップモンは――。


「ギンリュウモン……やれ!」

「やめてええええ!」

 思わず大声で叫んだその時、辺り一体が白い光に包まれた。攻撃しようと構えていたギンリュウモンも、あまりの眩しさに動きを止める。


「な、何だ!?」

「これは……」

 目を凝らして周りを見渡すと、その光は慈悲のデジメンタルから放たれていた。


「どうして……?」

「決まってるでしょう? これは湊海様のデジメンタルだからですよ」

 私がそう呟くと、いつの間にか側にきていたラブラモンが、にこやかに答えた。


「ら、ラブラモン……! 大丈夫なの?」

「ええ。この光を浴びたら、すっかり回復致しました」

 私の問いに、ラブラモンはしっかり頷いた。――以前、シーサモンに進化した時と一緒だ。あの時はシーサモンの光でエビバーガーモンたちが回復していたが、聖なる光という意味では同じだろう。でも、何故……?


「湊海ちゃんの気持ちに、デジメンタルが反応したんだよ」

「ロップモン……!」

 ロップモンはゆっくりと立ち上がり、私を慈悲のデジメンタルの前まで連れて行った。その途端、より一層光が強くなっていき、私はきゅっと目を細めた。


「……湊海ちゃんの慈悲に、このデジメンタルは応えてくれたんだ」

「私の……慈悲……?」

 ロップモンは私と向き合うと、にこりと笑った。


「湊海ちゃん。貴女はさっき、自分は特別じゃないって言ったね。でも私にとって、湊海ちゃんはとっても特別だよ。
湊海ちゃんがいなかったら、慈悲の紋章が無かったら、私はきっと人形のまま死んでいた。こうやってロップモンに戻れたのは、湊海ちゃんのおかげなんだよ……!」

 ロップモンは涙ぐみながら、必死にそう話してくれた。私の視界もぼやけたが、ぐっと堪えて口を開いた。


「私がここまで来られたのも、ラブラモンとロップモン……ハクちゃんがいてくれたおかげだよ……」

「湊海様……」

 ラブラモンは目元を拭うと、私の前に跪いた。


「ラブラモン……」

「……私にとっての希望は、貴女なんです。貴女の光は私に力を与えてくれる。貴女は私の……たった1人の、大切なパートナーなんですよ……!」

 ラブラモンは真っ直ぐと私を見据えた。その目は潤んでおり、今にも泣きそうだ。――そうだ。私には、こんなに思ってくれている人がいるのに……自分を責めるばかりで、ラブラモンたちの気持ちなんて考えてなかった。
……私は大切な人が傷つくのが、1番辛い。それはラブラモンたちも同じ。私が苦しいと思うなら、ラブラモンたちはもっと苦しいだろう。
何故今まで、こんな簡単な事に気がつかなかったんだろうか。私は本当に――いや、反省するのは後だ。今、するべき事は……!


「……私は、信じてます。湊海様の慈悲を。だから湊海様も信じてください。自分の心を、貴女の慈悲を……!」

「……うん。信じるよ」

 私はラブラモンに頷き、デジメンタルに手をかけた。


「自分の心を……私の慈悲を!」

 ぐっと力を入れると、デジメンタルは簡単に持ち上がった。……本当に、軽いんだ――!


『やった!』

 ラブラモンとロップモンが歓声をあげる。その瞬間、デジヴァイスを入れていたポケットが激しく光を放った。慌てて取り出すと、白地をベースに外側はオレンジの、新しいデジヴァイスの形に変わっていた。


「デジヴァイスが……変わった……!」

「やりましたね、湊海様!」

「さすが湊海ちゃんだよぉ!」

 ラブラモンとロップモンは私に抱き着き、大喜びした。


「何!? 持ち上がっただと!?」

 そのカイザーの叫び声に、私たちはそちらを向く。カイザーは相当頭にきているようで、怒りに顔を歪めていた。


「残念だったね、カイザー。君の負けだよ」

 ロップモンはカイザーを指さし、高らかにそう宣言をする。カイザーは悔しそうに唇を噛み締め、こちらを睨みつけた。


「ふざけるなよ……! ギンリュウモン!」

「応!」

 ギンリュウモンは頷くと、私たちに襲い掛かった。ラブラモンは後ろを振り向き、私を見つめた。


「湊海様!」

「……よし、行こう!」

 私はデジメンタルを掲げた。――ありったけの希望を込めて!


「デジメンタルアップ!」

「ラブラモン、アーマー進化! 誇り高き慈悲! ムースモン!」

 進化の光が収まると、そこには鹿のようなデジモンがいた。体は白いものの、毛や角が青色なので、今までのラブラモンの進化系とは違った印象だ。でも、ムースモンは相変わらず格好良い。――私の、自慢のパートナーだ。


「徹甲刃!」

 ギンリュウモンは早々に、必殺技を放った。鉄の槍がムースモンに襲い掛かる。


「はっ!」

 それをムースモンは角で挟み込み、バキリと折り曲げた。ギンリュウモンの目が大きく見開く。


「何!?」

「観念しなさい……ホーンブレード!」

 ムースモンはギンリュウモンに向かって、角を振り降ろした。しかしギンリュウモンはそれを軽々と避け、距離を取る。


「そんな大振りの技、効く訳が無かろう!」

「それはどうでしょうか?」

 余裕の表情を見せたギンリュウモンに、ムースモンはにこりと笑いかけた。


「何も直接殴るだけが、攻撃では無いのですよ」

 その言葉通り、ギンリュウモンの黒いリングが真っ二つに割れた。延長線上にあった木も、岩も、綺麗に割れていく。


「う……!」

ギンリュウモンは腕を押さえると、地面に倒れ込んだ。












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