私にしか出来ない事


 そして、翌日の放課後。私たちはもちろん今日も、デジタルワールドへ向かう。少し多くのデジモンを助ける為にも、しっかりやらないと。……私は、あまり役に立てないけど。


「湊海ちゃん、行きましょ!」

「うん」

 私は京ちゃんに頷き、席から立ち上がった。


「湊海!」

 するとその途端、飛鳥くんに呼び止められた。思わず後ろを振り返り、飛鳥くんを見つめる。


「どうしたの、飛鳥くん? あ、もしかして今日は来れる感じ?」

「いや、実はちょっと湊海に話したい事があって……」

 京ちゃんがそう尋ねると、飛鳥くんは頬をかいて笑みを零した。


「いいかな?」

「でも、あたしたち今からデジタルワールドに……」

 飛鳥くんの問いに、京ちゃんは困ったように私の顔を見た。何か相談事だろうか。話は聞きたいが、京ちゃんの言う通り私たちはデジタルワールドに行かなければ。――でも、そこに私は必要なんだろうか。私が行っても行かなくても、みんなは上手くやってくれるだろう。やっぱり、私は……。


「湊海ちゃん?」

「……ごめんね。今日は私抜きでデジタルワールドに行って貰えるかな?」

 私は京ちゃんにそう謝った。


「ええ!? 湊海ちゃん来ないの!?」

「うん……」

「そっかぁ……」

 京ちゃんは肩を落としたが、すぐ気を取り直し前を向いた。


「……まあ、仕方ないわよね。ラブラモンにはあたしから伝えとくわ」

「ありがとう、よろしくね」

「オッケー! じゃあまた明日!」

「また明日!」

 私は京ちゃんに大きく手を振った。――ごめん。頑張ってね。


「本当に良かったのか?」

 京ちゃんが居なくなった後、飛鳥くんがそう私に問い掛けた。


「私がいなくても、京ちゃんたちは大丈夫だから……って、痛い!」

 私がそう答えると、突然飛鳥くんがチョップをかました。思わず頭を押さえ、飛鳥くんを見つめる。


「湊海くん、隠せると思ったのかい? 私には全てお見通しだよ」

 いつかと同じように、飛鳥くんは決め顔でこちらを指さした。……どうやら飛鳥くんは、私の様子がおかしい事に気づいていたようだ。


「……ごめん」

 関係のない飛鳥くんにまで心配を掛けた事に、罪悪感が込み上げる。私は下を向いて、小さく謝った。


「いいよ、謝らなくても。……それより、何があったんだ?」

「でも……」

「京たちには話せなくても、俺になら大丈夫だろ? そのまま抱え込んだままじゃ、辛いだけだよ」

 飛鳥くんは真剣な表情で私の肩を掴んだ。肩にこもる力から、飛鳥くんの気持ちが伝わる。


「……分かった」


 私たちは中庭へ移動し、ベンチに腰を掛けた。人気が少なく、話をするには絶好の場所だろう。
 私はひと息ついて、話を始めた。デジメンタルやアーマー体の詳細までは話せなかったので、なるべく簡潔に。それでも、ちゃんと伝わるように。私の今の気持ちも、大輔くんたちの前では絶対言えないような事も、正直に打ち明けた。その間飛鳥くんは、度々頷き、しっかりと話を聞いてくれた。


「なるほどな……」

 飛鳥くんは手に顎を当てた。


「みんなは優しくしてくれるけど……それに応えられるほど、私は役に立てない」

 私は拳に力を入れた。――みんなは優し過ぎる。でも、私はその優しさに甘れられる立場じゃない。本当なら、1番年上として、経験者として、みんなを引っ張っていかないといけないのに……。
そんな私の様子を見て、飛鳥くんは苦笑いをした。


「もう、何言ってんだか。みんなが優しくしてくれるのは、湊海が大輔くんたちを大切に思ってるのが伝わってるからでしょ?」

「そりゃ大切だよ!」

 私は思わず食い気味に、そう叫んだ。


「大切な、仲間だよ。だからこそ、迷惑は掛けられない……」

 言葉を発する内にだんだんと声は小さくなり、最後の方は消えそうになっていた。
大輔くん、京ちゃん、伊織くん。新しく加わった、大切な仲間。タケルくんとヒカリちゃん。一緒に冒険をしてきた、大切な仲間。
仲間だからこそ、迷惑は掛けられない。掛けたくない。私の事は気にせず、前に進んで欲しい。……でも本当は、置いていかれたくない。隣で一緒に戦いたい。喜びを分かち合いたい。何故、こうも違いが現れるのだろう。私だって、選ばれし子どもなのに――。

 無言で下を向いていると、飛鳥くんは私の頭をゆっくりと撫で始めた。


「……大輔くんたちは、湊海を迷惑とか、ましてや足でまといなんて思ってないよ。もしも思ってたら、ああやって一緒に行こうなんて誘わないさ」

 すると飛鳥くんは、私にデジヴァイスを差し出した。


「あ、デジヴァイス……!」

「湊海さん、油断し過ぎですよー? しっかり持ってないと、ね!」

 飛鳥くんはそう言いながら、私の手のひらにそっとデジヴァイスを置いた。


「湊海は湊海。大輔くんたちは大輔くんたち。デジヴァイスも役割も違うけど、それぞれにやるべき事があるんじゃないかな。湊海にしか出来ない事も、あるはずだ」

「私にしか、出来ない事……」

 その飛鳥くんの言葉に、私はデジヴァイスを握り締めた。――そうだ。何も進化するだけが、選ばれし子どもの役目じゃない。私は今まで何を見てきた? ……目先の事に気を取られて、大事なものを見失っていた。


「……ラブラモンも、きっと心配してるよ」

「……うん」

 私が頷くと、飛鳥くんはニッと笑った。


「……さーて、湊海さん。そんな貴女が今やるべき事は?」

 ――今、私がやるべき事。それは……!


「ラブラモンと一緒に、みんなをサポートする事!」

 進化出来ないのなら、他の事をすれば良い。私でも出来る事は、たくさんあるはずだ。太一さんや光子郎さんたちのように、陰からみんなを支えていこう。それが私の――私たち年上の役目だ。


「はい、よく出来ました。元気に行ってきな!」

「ありがとう、飛鳥くん!」

 私が立ち上がりそうお礼を言うと、飛鳥くんは満足げに頷いた。


「湊海なら絶対大丈夫。俺……、」

 飛鳥くんはひと呼吸おき、言葉を繋げた。


「……俺たちは、信じてるから。気をつけて!」

「……うん!」

 こうして私は駆け出した。――ラブラモンの待つ、パソコン室へと。







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