そして放課後。京ちゃんは私と飛鳥くんを振り返り、拳を突き上げた。
「さあ! 張り切って行くわよ! 新部長についてきなさーい!」
「おー!」
私は京ちゃんに続けて拳を突き上げたのだが、隣の飛鳥くんは気まずそうに下を向いていた。
「飛鳥くん、どうしたの?」
「ご、ごめん。今日はちょっと……」
「ええ? またー?」
飛鳥くんがそう言うと、京ちゃんが不満そうに口を尖らせた。
「飛鳥くん最近部活来ないわよね。何かあったの?」
「い、いや、何かあったって程でもないんだけど……」
京ちゃんの問いかけに飛鳥くんは困ったように笑った。相変わらず嘘が下手な友人だ。何かあったんだろうな。私たちには言わないだろうけど。
「本当ごめんな! 何とか行けるよう調整するから! じゃあ!」
『また明日ー!』
私たちが手を振ったのを確認すると、飛鳥くんは駆け出した。よほど急いでいるのだろうか。
「湊海ちゃんは大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。行こうか!」
私たちはパソコン室へ行き、活動を始めた。パソコンを弄りつつ、京ちゃんとお話をする。
「飛鳥くん、どうしたんだろうね」
「ちょっと心配よね。近いうちに取り調べしましょうか」
「よし、じゃあ私は『田舎のおふくろさんが泣いてるぞ!』って言う人ね!」
「じゃあ私は『いい加減白状したらどうだ!』って机叩く人」
すると、京ちゃんが操作しているパソコンに一通のメールが届いた。それと同時に私のDターミナルからも通知音が聞こえた。
「やだ! 泉先輩にメールだ。もう卒業したのに……」
「さっすが光子郎さん!」
「何がよ」
私はランドセルの中からDターミナルを取り出し、メールを開封した。差出人は太一さんで、件名には「緊急!」と書かれている。
『みんなきてくれ
デジタルワールドが
ピンチなんだ!』
私はバッと立ち上がり、パソコン室を飛び出した。
「湊海ちゃん!?」
京ちゃんが驚いた様子で私を呼ぶ。しかし答える余裕はない。私は5年生の教室へ走った。――早く、早く……!
「ヒカリちゃん、タケルくん!」
教室の前まで行ったが、ヒカリちゃんたちの姿はない。私は額の汗を拭った。急がないと、ラブラモンたちが――!
「あ、結城先輩。八神さんたちならもう下に行きましたよ」
「ありがとう!」
私はヒカリちゃんのクラスメイトにお礼を言って、昇降口まで駆け出した。
「タケル、お前ヒカリちゃんとどういう関係なんだよ!」
「ん? 何いきなり……あははっ、大輔くんって、面白いね!」
「俺は全然面白くなーい!」
下駄箱の方では大輔くんの叫びとタケルくんの笑い声が聞こえる。もう仲良くなったのか、さすが大輔くん!
「ヒカリちゃん、タケルくん!」
『湊海お姉ちゃん!』
「わあ! 湊海ちゃん!」
ヒカリちゃんとタケルくんは一斉に私の方を向いた。2人に釣られて振り返った大輔くんも、目を見開いた。
「どうしたの? まだ部活中じゃ……」
「そ、そうなんだけど……」
私はちらりと大輔くんを見た。ヒカリちゃんとタケルくんだけなら遠慮なく詳細を説明出来るが――。でも、そんな事を言っている場合ではない。
「とにかく、パソコン室に……!」
「え? パソコン室? タケルの事勧誘でもするの?」
「ちっがーう! 入ってくれるなら嬉しいけど、今は……!」
「あ、いた!」
イマイチ緊張感のない大輔くんにツッコミを入れていると、背後から京ちゃんがやって来た。
「あ、京さん!」
「もう、いきなり走っていくから驚いたわよ。タケルくんたちの所に行ったのね」
「ごめんごめん……」
私が謝ると、京ちゃんは苦笑いして息をついた。
「まあいいけど。八神ヒカリさんって貴女よね? 湊海ちゃんのいとこの」
京ちゃんは紙を持ちながら、ヒカリちゃんに近づいた。
「はい。そうですけど……」
「八神太一って、知ってる?」
京ちゃんはそう言ってヒカリちゃんにメールが印刷された紙を見せた。その瞬間ヒカリちゃんの表情が一気に変わる。
「お兄ちゃん!」
「……湊海お姉ちゃん、急ごう!」
「うん!」
私たちは頷き合い、パソコン室へ向かった。階段を上り、渡り廊下を駆け抜ける。
「あっ、泉先輩!」
その途中で光子郎さんと鉢合わせになった。
「京くん、湊海さん! 部室のパソコン使わせてください!」
「もちろんですよ!」
「どうぞどうぞ! 卒業しても顔を出してくださるなんて、感激で……!」
京ちゃんはそう手を合わせて感激していた。私としても嬉しいところだが、恐らく今日のは――。
「光子郎さん!」
「お兄ちゃんから、メールが!」
「タケルくん、ヒカリさん!」
2人の姿を見た光子郎さんは少し驚いた様子だった。
私たちはパソコン室に着いて早々、光子郎さんにパソコンを使うよう促した。光子郎さんはお礼を言って、パソコンを起動し始める。
「僕のところにもメールが……。返事打とうとしたら、バッテリー切れちゃって……」
光子郎さんはキーボードを打ちながらそう説明をした。私たちは後ろからそれを見守る。
「中学校からだと、家に帰るよりここの方が近いんです!」
『メール受け取りました。
すぐゲートをさがして、
そちらに行きます。
こちらには今、ぼくと湊海さんと
タケル君、ヒカリさんがいます。』
光子郎さんは文面を打ち終わると、そのまま送信をした。
「ねえねえ、デジタルワールドってどこ? 新しいテーマパーク?」
手持ち無沙汰になった京ちゃんがニコニコとそう問いかけた。私たちは思わず苦笑いで顔を見合わせる。確かに知らない人がこれを聞いたら、何が何だか分からないだろう。
「俺、ちょっと太一先輩に聞いたことあるような……デジモンとか……」
「太一さんを知ってるの?」
首を傾げる大輔くんに、タケルくんが驚いてそう尋ねた。
「サッカークラブの先輩後輩なの」
「だから何? デジモンって何?」
ヒカリちゃんが小声でタケルくんに教える横で、京ちゃんがこちらにズンズンと攻め寄る。
「湊海ちゃーん、教えてよー!」
「え、えーっと……大輔くん、任せた!」
「だから俺は知らないって! 湊海ちゃんひどいよ!」
大輔くんはポカポカと私を叩いた。相変わらず可愛い後輩である。
「京さーん!」
するとパソコン室に、伊織くんがやって来た。伊織くんは3年生で、京ちゃんと飛鳥くんと同じマンションに住んでいる。礼儀正しく真面目だが、それでいてどこか可愛らしい雰囲気も醸し出している伊織くん。そんな伊織くんが放っておけないのか、京ちゃんと飛鳥くんは伊織くんの事をとても可愛がっている。もちろん私も。時々鬱陶しそうにしているが、そこもやっぱり可愛い。
「うちの、パソコンの、修理……」
伊織くんは京ちゃんと私以外に人がいると思わなかったのか、だんだんと声が小さくなっていった。
「ああ、そうだったわね!」
京ちゃんは忘れていたらしく、軽く後頭部を押さえた。
「やっぱり……ゲートが開いている」
その光子郎さんの呟きに、私はそっとポケットの中のデジヴァイスを取り出した。タケルくんとヒカリちゃんも同じく、デジヴァイスを構える。――開いているなら、行く他ない。
「伊織くん、京ちゃんのことよろしくね」
「任せてください」
「どういう意味よそれ!」
『さあさあ、早く早く』
「はあ、仕方ないか……」
私と伊織くんがそう促すと、京ちゃんは渋々パソコン室から出て行った。振り返った伊織くんに手を振り、再びパソコン室へ入る。
「俺も行かせてくれよ! 太一先輩がピンチなんだろ?」
「それは無理だよ。誰でも簡単に行けるような所じゃないんだ」
そう力説する大輔くんに、タケルくんが困ったように言い聞かせた。
「んん……! 無理でも何でも俺は行くぜ! だって……!」
その瞬間、パソコンの画面が光を放った。私たちは思わずそちらを見つめる。
「ああ!」
するとパソコンから赤と青と黄色の光が飛び出し、そのうちの青色の光が大輔くんの胸元に突撃する。大輔くんは咄嗟にそれを受け止めていた。
「あ! こ、これは……?」
大輔くんは私たちにそれを見せた。それはデジヴァイスのようだが、私たちのものと全く形状が違う。少し縦長なデザインになっており、白地をベースに外側が青色だ。
「デジヴァイス!?」
「でも、私たちのと違う……!」
「一体これは……」
もしかすると、さっきパソコン室の外へ飛び出したあの赤と黄色の光もデジヴァイス――?
「ゲートが……このモニターに開いている!」
光子郎さんに続くように私たちは画面を見つめた。
「じゃあ、ここからすぐにデジタルワールドに?」
「お兄ちゃん、早く助けに行かなきゃ!」
「俺も行く! これで行けるんだろ?」
大輔くんは私たちに一歩寄り、デジヴァイスを見せた。
「そうですね……。もしそれが本当に、デジヴァイスなら……」
光子郎さんはそう小さく頷いた。大輔くんはじっとデジヴァイスを見つめる。
「私は行くわよ!」
ヒカリちゃんは唐突にデジヴァイスを掲げ、そのままゲートに吸い込まれていった。
「僕も!」
そしてタケルくんもデジヴァイスを掲げ、デジタルワールドへ向かった。その様子を見ていた大輔くんが口を大きく開き、呆然とする。
「どうします? 大輔くん」
「怖いなら手繋ごうか?」
光子郎さんと私は大輔くんにそう声を掛けた。
「だ、大丈夫だよ! 俺だって!」
「ふふっ、そうだよね!」
大輔くんと私は同時にデジヴァイスを掲げた。――ラブラモン、ロップモン。太一さんたち。今、向かいます!