「湊海、湊海起きろ!」 「……へ?」 その声に私はゆっくり目を開けた。 「早くしろ、遅刻するぞ!」 「た、太一さん……?」 私は目を擦りながら体を起こした。――という事は、ここは太一さんとヒカリちゃんの部屋? 「はあ!? 太一さん!? お前寝ぼけてんのか?」 「な、何が……?」 「まあ何でもいいけど、もうご飯出来てるからな!」 太一さんはそう言うと、部屋を飛び出していった。どういう事なんだろうか。 『ハロー、湊海』 「グッドモーニング、ゲンナイさん。一体どういう事なんですかね?」 私はパソコンをギリギリと持ちながらそう尋ねた。 『パソコン壊れるから! 本当壊れちゃうから! ヒッヒッフーじゃよ、ヒッヒッフー』 「何を産ませる気だ!?」 私は思わずツッコミを入れた。当分使う事のない呼吸法だよ! 「全く……そんな事より、早く状況を説明してください!」 『うむ。湊海は今5年生。ちなみに前日は太一の家にお泊まりをしていた』 5年生――というと、太一さんと空さん、そしてヤマトさんと同じ学年になる。私も随分大きくなったものだ。パラレルワールドだけど。 『ほらほらー、急がないと遅刻遅刻ぅ!』 「誰のせいですか! もう、じゃあ閉じますよ?」 『しっかりやって来いよ!』 「それはもちろん!」 私はパソコンを閉じ、朝の準備を始めた。着替えが終わり、ランドセルの準備を確認する。どうやら前日に済ませていたようなので、私は八神家のリビングへ向かった。 「おはようございまーす!」 「おはよう湊海。早くご飯食べちゃいなさい」 「はーい!」 ダイニングテーブルの席に着くと、丁度太一さん――太一くんと、ヒカリちゃんも食事を摂っていた。 「おう、遅いぞ湊海」 「どうしたの? 珍しいね」 「あはは、何でもないよ。いただきまーす!」 私は笑って誤魔化すと、ご飯にありついた。うん、流石伯母さん。いつも通りの美味しいご飯だ。 朝ご飯も食べ終わり、洗顔や歯磨きも済ませる。そのまま私たちはランドセルを背負い、玄関へ出た。 「じゃあ母さん、いってきます」 「いってきまーす!」 「いってきますね、伯母さん!」 「いってらっしゃい、3人とも気をつけてね!」 『はーい!』 私たちは元気よく返事をし、外へ飛び出した。 「いやあ、湊海。昨日は助かったよ。宿題全然分からなくてさ」 「もう、お兄ちゃんったら……。湊海お姉ちゃん、ごめんね? もしかしてお兄ちゃんのせいで疲れてたの?」 どうやら昨日の私は太一くんに宿題を教えていたらしい。普段は年下なので寧ろ教わる方なのだが――なるほど、同い年になるとこういった苦労もあるのか。まあ今までも教えて貰った事ないけどね! 「いや、大丈夫。全然疲れてないよ!」 もし疲れていてもそれはゲンナイさんのせいだし。 「持つべきものは出来るいとこだな!」 「はいはい、良く言うよ」 私は苦笑いで太一くんを見つめた。どうやらこの方はそこまで態度が変わらないようだ。 「あ、皆さん。おはようございます」 なんてことを思っていると、光子郎くんと鉢合わせした。 「お、光子郎!」 「おはようございます!」 「おはよう、光子郎くん」 と、そこで私はある事に気づいた。――私、光子郎くんの身長越してる。正直先程の4年生の頃から感じていたが、やっぱり気のせいじゃなかった。そして今は完全に年下になってしまった光子郎くん。一体どんな対応されるんだろうか……。 「あの、何さっきからジロジロ見てるんですか?」 「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」 私が慌てて手をパタパタと振ると、光子郎くんは私の事をじっと見つめた。 「な、なに……?」 「……絶対追い越してみせますから」 「へ?」 「年の差は縮まらなくても、身長だけは追い越してみせます。だから待っていてくださいね」 光子郎くんは真剣な顔で私にそう宣言した。 「わ、分かった。待ってるよ」 「本当ですか!?」 「う、うん」 光子郎くんは目を輝かせると、頭を下げて駆け出していった。その足どりはどこか軽い。た、楽しそうだな――。 「湊海お姉ちゃん、またそうやって期待させちゃうの?」 「な、何が!?」 「ああなった光子郎さんは、もう止められないよー? 私知らないからね!」 「だから何が!?」 「わー揺れる揺れるー」 私は思わずヒカリちゃんの肩を揺すった。笑ってないで答えて頂きたい。 「ふーん……お前光子郎好きだったの?」 「そりゃまあ、幼馴染だし」 「……じゃあ、俺は?」 「好きに決まってるでしょ」 私がそう言い放つと、太一くんの顔は急に赤くなった。 「え、どうしたの? 嫌だった?」 「ば、お前、嫌な訳が……!」 「ふーん……じゃあ太一くんは?」 「はい?」 「私のこと、好き?」 私がそう尋ねると、太一くんは踵を返し、逃走した。 「もうお前嫌だああああ!」 「あ、ちょ、太一くん!?」 太一くんの姿はあっという間に見えなくなった。流石サッカークラブのエース……速い……! 「行っちゃった……」 「湊海お姉ちゃん、鈍感過ぎるのも考えものだよ」 ヒカリちゃんは私の肩をぽんと叩いた。 「ええ……?」 こうして5年生のスタートは、波乱な幕開けを向かえた。 「……とまあ、朝から大変だったんだよ」 「だから太一が妙に湊海ちゃんから離れてるのね」 教室にたどり着いて早々、私は空さん――空ちゃんに朝の出来事を話した。ちなみに席は空ちゃんは前、ヤマトさんもといヤマトくんは隣、太一くんは斜め後ろだ。ここでもみんなと席が近い。ゲンナイさんの配慮なのだろうか。もっと他に気を配って頂きたい所だけど。 「ねー、太一くん! ごめんってば!」 「分かった、もう分かったから俺に近寄るな!」 「太一? 湊海ちゃんになんて口きいてるの?」 空ちゃんは太一くんの前に立ち、そう静かに怒った。ひ、ひええ――。この方、絶対怒らせちゃダメな方だ……! 太一くんは冷や汗をかきながら後ずさりしたのち、私の方を向き直った。 「わ、悪かったよ……。湊海」 「あ、いや、私もごめんね?」 私がそう謝ると、太一くんは息をついて私の頭を撫でた。空ちゃんは満足げにその行く末を見守っていた。空ちゃん、ここでもお姉さんしてるんだね――。 「おいおい、朝から何騒いでんだよ?」 ヤマトくんはそう言うと、呆れ顔で自分の席に着いた。いつの間に来てたんだ。 「おはよう、ヤマトくん」 「おうヤマト、今日は遅かったな」 「親父の弁当作ってたんだよ……。あ、やべ。宿題やってねえ」 「へへーん、俺が見せてやろうか?」 「いや、いい。どうせほとんど間違ってるだろうし」 「失礼な奴だな! 今日のは湊海が教えてくれたから大丈夫だよ!」 太一くんの自慢げな宣言に、ヤマトくんと空ちゃんは一斉に私の方を向いた。 「湊海、お前大丈夫だったか?」 「変な事されてないわよね?」 「あ、うん。特には」 「どういう意味だお前ら……?」 『冗談冗談』 「こういう時だけ息ピッタリだなおい!」 太一くんはニヤニヤと笑う2人にツッコミを入れた。太一くん、愛されてるなぁ。 「まあまあ。ヤマトくん、私でよければ一緒にやろう。そこまで量も多くないし、ギリギリ間に合うかも!」 「だな! とりあえずやってみる」 「よーし、じゃあ俺も……」 そう太一くんが意気込んだその時だった。 「八神、武ノ内! サッカークラブの6年生が来てるぞ! 明日の試合の打ち合わせだって!」 「マジかよ!」 「今行くわ! じゃあ湊海ちゃん、ヤマトくんの事任せたわよ」 「うん、いってらっしゃーい!」 空ちゃんは太一くんの背中を押しながら、教室の外へ出て行った。うん、まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。 「……湊海、ここなんだけど」 「ああ、そこはね」 私はヤマトくんの机に椅子を近づけ、宿題を教えた。正直分かってるようで分かってない。前回と同じく頭を弄られた影響で5年生の内容が分かるようになってしまった。でも何を分かっているかは分かってない。分かってないものは分かってないのだ。 「……なあ」 「あ、うん。何?」 一体どういう仕組みなんだと考え込んでいると、ヤマトくんが声を掛けてきた。 「……近い」 「え?」 「ちょっと距離が……近い……」 ヤマトくんは顔を背けてそう呟いた。 「ご、ごめん……嫌だった?」 「というより、心臓がもたない……」 「え、何で?」 私が首を傾げると、ヤマトはプルプルと震え始めた。少々怖い。 「この鈍感娘がぁ!」 ついにヤマトくんは勢いよく立ち上がり、私の頬を引っ張った。 「い、いひゃいよ!」 「お前、昨日太一にもこんな感じだったんじゃないだろうな……!?」 「何が!?」 「お前ら、2人きりだったんだろ!?」 「いや、ヒカリちゃんも一緒だったけど……」 「……マジ?」 「マジマジ」 「はあ……」 ヤマトくんはため息をつくと、力が抜けたように椅子に座った。 「どうしたの? ヤマトくん」 「空の気持ちが分かった。お前、もう少し周りを見てみろ」 「み、見てるつもりだけどなー?」 「全然見てない。明後日の方向見てる」 「そんなに!?」 全く自覚していなかった。今度からは気をつけよう。 「……まあ、俺だけを見ててもいいけど」 「え?」 「何でもない。続きやろうぜ」 「う、うん」 下を向いたヤマトくんの顔がどこか赤かったのは、気のせいだろうか。 その後無事に宿題も終わり、朝の会が始まる前には太一くんと空ちゃんも戻って来た。そのまま授業を受け、給食を食べたらあっという間に昼休みになってしまった。 「じゃあ、俺たちサッカーやってくるから!」 「はあ? 俺はサッカーより野球が……」 「よーし、行くぞー!」 「人の話を聞け!」 太一くんとヤマトくんはグラウンドにサッカーをしに向かった。ヤマトくんの方は野球がしたかったようだが――まあ、楽しそうだからいっか。 「空ちゃんは行かなくていいの?」 「うん、サッカーなら放課後も出来るし。今は湊海ちゃんとお話ししたいな!」 「ふふ、うん。私も」 私たちがニコニコと笑い合っていると、教室のドアが勢い良く開いた。 「あたしもいますよ! 空さん、湊海さん!」 『ミミちゃん!』 ミミちゃんは嬉しそうに私たちの方へ駆け寄ってきた。 「えへへー、来ちゃいました。あたしも入れて貰っていいですか?」 「もちろんよ!」 「さあ、このヤマトくんの席にお座りなさい」 「ありがとうございます!」 ヤマトくんの椅子を差し出すと、ミミちゃんは頷いて座った。やっぱりヤマトくん、行って良かったね! 「それにしても噂になってますよ? 空さんと湊海さんたち!」 「え? 何が?」 「どっちが太一さんで、どっちがヤマトさんなのか!」 「だから、何が!?」 最近の若者は主語を言わないのかな!? 「だーかーらー、どっちがどっちと付き合ってるか!」 「つ、付き合う……?」 まさか、あの、彼氏とか彼女的な意味で言っているのだろうか。最近の小学生はませてるなぁ! 私も小学生だけどね! どういう事なんだろうね! 「もう、ミミちゃん。分かってるくせに!」 一方の空ちゃんは愉快げに笑い飛ばしていた。よ、余裕だ――オトナの余裕だ……! 「ごめんなさーい。でも、実際の所どうなんですか? 湊海さん!」 「わ、私ぃ!?」 ミミちゃんに指をさされ、私は自然と背筋が伸びた。 「太一さん? それともヤマトさん?」 「あたしも気になるわ。遠慮しなくていいのよ?」 「え、遠慮も何も……」 私はミミちゃんと空ちゃんを見比べた。どっちもお兄さんとしか思った事ないんだけど――でもこれはダメだ、今は同い年だし……! 「湊海ちゃん?」 「あ、えっと……うん。好きだよ」 『どっちが!?』 「太一くんも、ヤマトくんも、空ちゃんもミミちゃんも! みんな同じくらい大好き!」 私が笑ってそう言うと、2人は同時にため息をついた。 「まあ、湊海さんならそうよね」 「本当、流石よね」 「え、ええ……!?」 「でも、あたしはそんな湊海さんが大好き!」 「あたしも!」 ミミちゃんと空ちゃんは私にギュッと抱き着いた。その温もりに思わず頬が緩む。 「……うん!」 正直、まだ恋愛の事は私には分からない。でも、いつか好きな人が出来たなら、この2人に教えよう。――きっと、喜んでくれるはずだから。 |