有希ちゃんと私
椚ヶ丘中学校に入学し、1ヶ月ほどたった頃。私は今のところ充実した日々を過ごしている。
この学校は成績が良ければ、大抵のことは許されるらしい。私がゴミだと思っている教師に対して、多少粗暴な態度を取っても、ほとんどの場合怒られない。
この前も、授業の教え方が下手くそすぎて教師を退かしたが、それでも控えめに「せ、先生の意味がないからやめようね……?」と言われたのみだ。「あら? じゃあ先生だと思える教え方をしてくださいますか?」って言ったら泣いてたけど。しーらない。
自分で言うのもなんだが、それなりにハチャメチャな行動をしているにも関わらず、特にクラスメイトに避けられることはない。生徒の中でも、成績は絶対らしい。ある意味やりやすいが、面倒くさくもある。
でもこの調子だと、学校の制度が変えられるかもしれない。生徒会にでも入っちゃおうかな。くふふ。
「蘭ちゃん、次移動だよ? 一緒に行こう」
なんてにやにやと考えていると、前の席の子が声をかけてくれた。
彼女は、神崎有希子ちゃん。黒髪ストレートの清純派美少女で、見ているだけで癒される。もちろん性格も良く、教養もあるので、話していて楽しい。
やっぱり中学生はまだ可愛いな。一番は乳児や幼児だけど。お年寄りも可。
そんな彼女だが、席が前ということもあり、すぐに仲良くなった。私の行動に驚いてはいるものの、冷たくあしらわれることはない。とても好き。
「うん! 行こう、有希ちゃん」
「……本当に有希ちゃんって呼ぶの?」
私がそう答えると、有希ちゃんは首を傾げてこちらをじっと見た。
「有希子ちゃんだと、ちょっと長いかなって。可愛くていいじゃん。あ、呼び方だけじゃなくて有希ちゃんも、とっても可愛いよ」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ。嫌ならやめるけど……」
その瞬間、有希ちゃんはブンブンと首を激しく横に振った。
「い、嫌じゃないよ! ……今までそう呼ばれたことないから、嬉しい」
有希ちゃんは頬を赤らめて、小さくはにかんだ。有希ちゃんって、結構定番な呼び名だと思っていたが……私が初めてなのは、少し誇らしいかもしれない。
それにしても、恥じらう姿も絵になる。美少女って、やっぱり素敵。美少年も可。
「なら良かった、有希ちゃんはやっぱり可愛いね」
「もう、からかわないで」
「からかうなんて……本気だよ。有希ちゃんみたいに可愛い子なんて、幼児くらいしかいない」
「幼児……?」
私が何度も頷いていると、有希ちゃんは頭にクエスチョンを浮かべた様子だったが、気を取り直したようで、私の手をしっかり握った。
「ど、どうしたの?」
「……蘭ちゃん。あなたもすごく可愛いよ」
「そう? 外見には気を配ってるけど……」
「やっぱり」
有希ちゃんは納得したように頷いたが、私は小さくこう呟いた。
「……大人っぽく見られないようにね」
「え?」
「何でもないよ。さ、そろそろ行こうか」
私は有希ちゃんの手を握り返し、次の教室へ向かった。――大人になんて、なりたくない。せめて見た目だけでも、子どものままでいたい。……汚い大人なんて、死んでもごめんだ。