プロローグ

 私は大人が嫌いだ。大人なんて自分の利益しか考えていない、汚い奴ばかりだ。
 例えば、学校の先生。私のクラスでいじめがあった時、見て見ぬ振りをしていた。それも、一度や二度の話ではない。私がどれだけ訴えても、学級委員の子が懇願しても、「話はつけとく」の一点張り。
 ――その理由は明白だ。いじめていた奴は、PTA会長の息子だった。しかもそいつは市議会議員で、地位とお金だけはあった。学校への寄付もたんまりしていたことだろう。
一方、いじめられていた子は近所にあるパン屋の息子。いじめた奴は、その子のパン屋にまで手を出した。パンの中に虫を混入させ、お店の評判を下げた。普通なら犯罪になる行為だが、そいつの親と教師がすべて揉み消した。
 ……結局、その子は家族でどこかへ引っ越してしまった。それでも奴は反省せず、ずっと威張り通していた。もちろん、教師も、その親も。

――私は、大人が嫌いだ。もちろん、一番悪いのはいじめた奴だ。でも、本当にこいつだけの責任かは怪しいものがある。何故、教師は止めなかった? 何故、親は子どもを叱らない?
 本当の悪は、どこにあるのだろう。


 例えば、私の両親。今まで私の意見を聞いた試しがない。幼稚園や小学校は仕方ないにしても、中学校の進学先ですら、自由に決めさせてくれなかった。……普段、ろくに家にいないくせに、子どもに関心なんてないくせに、そういうところだけは絶対に口を出す。自分たちの世間体と、プライドのために。


「……ねえ」

 私は、珍しく家にいる両親に声をかけた。


「……親に対しての口の利き方を忘れたのか?」

 父が新聞から目線を離さないまま、ぼそりと呟く。人と話す時くらい、顔を上げてはいかがだろうか。私はため息をついて、再度口を開いた。



「……お父さん、お母さん。お話があります」

「……簡潔に話しなさい」

 母が面倒くさそうにこちらを向いた。



「私、椚ヶ丘中学校には行きたくありません。だって、特別強化クラスなんて名目はともかく、ただの差別です。いくら名門でも、そんな学校……」

「それはお前が決めることではない」

 私の言葉を遮り、父がぴしゃりと言った。



「お金を出しているのは誰だ? 受験料だって馬鹿にならんのだぞ」

「あなた、立場をわかってるの? 勉強くらいしか能がないんだから、大人しく親の言うことを聞きなさい」

 働けない子どもに、そういうことを言うのはどうなのだろうか。子どもは最早、何も反論することが出来ない。それを分かって、この人たちは言っている。――こういう汚さが、心底嫌いだ。
 私は歯を食いしばった。ここで反論しても、この人たちに敵わない。せめて自分の意見を言わなければ……。



「でも、私は公立に……」


「公立なんて、馬鹿が行くところでしょ。ふざけるのもいい加減にしなさい。お母さんたちに、恥かかせるつもり?」

 ……その微かな願いでさえ、親に打ち砕かれる。子どもは、親の操り人形でしかないのだろうか。自分の恥をかかせないために、ただそれだけの理由で、行きたくもない学校に行かなければならないのだろうか。――私には、分からない。



「話はこれだけか? くだらない……。早く自分の部屋に行って、勉強でもしてきなさい。立派な大人になれないぞ」

「……はい」

 これ以上話しても、時間の無駄だろう。私は小さく返事をして、2階の自分の部屋へ向かった。



「……はあ」

 こういうとき、親の頭が良いと困る。伊達に官僚やってるわけじゃないってことか――。


「……おばあちゃん」

 机の上に飾ってある、幼稚園児の私と、祖母。とても純粋な笑顔で、汚れひとつ感じない。
 今の私は、大人に少しずつ近づいていっている。それが嫌で嫌でたまらない。大人になんて、なりたくない。こんなとき、祖母なら何と声をかけてくれるだろう。

 近所に住んでいた祖母は、普段家にいない両親に代わりに幼い頃からずっと、私の面倒を見てくれていた。しかしその祖母も、昨年の冬に亡くなってしまった。――両親は、祖母の葬式にも来なかった。重大な仕事がある、ただそれだけの理由で。
 祖父は私が生まれる前に亡くなっており、母に兄弟はいない。そこで祖母の妹さんが、喪主を務めてくれた。
「あなたのお母さんは、そういうところあるわよね」なんて苦笑いをしながら。……自分の親の葬式に来ない子どもなんて、いるのだろうか。私も絶対出てやらない。むしろ金だけ残して早々にくたばってくれても構わない。


「いい人ほど早く死んじゃうって本当なのかな……」

 写真の祖母に話しかけてみるもの、当然ながら返事はない。幸い、祖母が家事を教えてくれていたため、お金さえあれば1人で生きていくことはできる。高校は全寮制のところに行きたいものだが――どうなることやら。



「椚ヶ丘中学校……ねえ」

 中高一貫校なので、大体の場合は高校もここだろう。教育方針に信用できる要素がないので本当に行きたくないが、もうどうしようもない。
 これからの学校生活、どうなってしまうのだろう。私は大きくため息をついた。





 ――ここから、全てが始まるなんて、私は少しも想像していなかった。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -