E組と私@
雪もちらつく今日この頃。お昼休み、私は有希ちゃんとお昼ご飯を食べていた。
「蘭ちゃん、プレゼントがあるの」
「おおっ! なになに?」
そう言って有希ちゃんが手渡してきのは、UFOキャッチャー限定のアンパンマンのぬいぐるみだった。
「わあっ!」
「蘭ちゃん欲しがってたよね? 良かったらどうぞ」
「あ、ありがとう……!」
私は有希ちゃんにぎゅっと抱きついた。あまりゲーセンには行かないので諦めていたが――こんな形で手に入るとは思わなかった。有希ちゃん、素敵。
「でも、有希ちゃんがゲーセンなんて珍しいね。友達とでも行ったの?」
「……ごめんね。蘭ちゃん」
有希ちゃんは私の質問に、悲しそうに目を伏せた。その彼女の様子に眉をひそめる。
「……どうしたの?」
「……私のお父さん、すごく厳しいって話したよね?」
「うん。だから塾に通って、勉強頑張ってるんだよね」
「それが嫌になって、少しやんちゃしちゃったの。塾をサボって、外を遊び回って……」
「ああ! それでぬいぐるみか!」
「……何も言わないの?」
私がぽんぽんとぬいぐるみの頭を叩くと、有希ちゃんが恐る恐るといった様子で訊いた。
「いつも真面目にしてたら息詰まっちゃうよ。そういうことも大事だと思う」
「……それは、そうかもしれないけど」
そう呟くと、有希ちゃんは鞄から一枚の紙を取り出した。
「私、加減が分からなくて……ハメを外し過ぎちゃったみたい。最近成績が落ちてたでしょ。それがこの結果よ……」
その紙は、クラス移動の通知――つまり、E組行きの通知書だった。生で見るのは初めてだが、こんな淡々としたものなのか……。あまりに突然のことに、言葉を失う。しかし、あまり黙っていても彼女に悪い。私は何とか口を開いた。
「これは……」
「ごめんね。来年同じクラスになるって約束、守れなくなっちゃった」
悲しそうに笑う有希ちゃんに、私は首を横に振った。
「いいよ、そんなこと……。それより、有希ちゃんが……」
「私はいいの。自業自得だもの」
「 良くないよ! 私、そんなの耐えられない……」
「蘭ちゃん……」
こんなことになるなら、やはり生徒会に入っておけば良かった。後悔の念が押し寄せる。E組制度なんて潰してしまえば――。
「……私も行こうかな。E組」
「そんなのダメ!」
ぽつりと呟いた私の発言に、有希ちゃんは激しく反した。
「でも……」
「でもじゃないよ……。蘭ちゃんに迷惑なんて、これ以上かけられない。私だって貴女に、辛い思いなんてさせたくないの」
有希ちゃんは私の手を握ると、優しく微笑んだ。
「蘭ちゃんが友達でいてくれるなら、私は大丈夫だから。 ね?」
「………」
私は無言で立ち上がった。有希ちゃんは不思議そうに私を見つめる。ハンカチを取り出し、指をパチンと鳴らすと、私の手のひらには髪飾りが現れた。
「きゃっ!」
「……私も、プレゼントあったの。有希ちゃんの綺麗な髪に、すごく合いそうだったから」
その髪飾りは、買い物の途中偶然見つけたもの。落ち着いた赤色に、ピンクの花が散りばめられたバレッタだ。私は有希ちゃんの髪に、そっと髪飾りを付けた。
「はい、完成」
「わあ……可愛い……」
私が鏡を見せると、有希ちゃんは目を輝かせた。
「……これがあれば、私頑張れる。ありがとう、蘭ちゃん」
「……うん」
私はその言葉に小さく頷いた。こんなもの、気休め程度にしかならないだろうけど――無いよりはマシ、かな……。
「……はあ」
その翌日の昼休み。中庭のベンチに腰をかけ、お弁当を食べる。私はため息をつきながら、昨日の出来事について考えていた。今更私が暴れたところで、どうにもならないのは分かっている。――ただ、このままじっとしているのも性にあわない。さて、どうするべきか……。
「蘭」
名前を呼ばれると共に、頭をぽんと叩かれる。上を見上げると、そこには悠馬くんがいた。
「悠馬くん……」
「なーに悩んでるんだ……って聞くのは野暮だな」
悠馬くんは、私の隣に腰掛けた。
「神崎のことだろ?」
「……聞いたの?」
「蘭を頼んだって言われたよ」
「……そっか」
私は下を向いた。こんなときまで私の心配をするなんて――私にはもったいないくらい、良い友達だ。彼女は。
「……ごめん。蘭」
「……なんで謝るの?」
突然謝った悠馬くんに、私は眉をひそめた。彼は悲しそうに笑うと、1枚の紙を見せた。
「……俺も、E組に行くことになったんだ」
昨日の有希ちゃんと同じ、クラス移動の通知書。何度見ても気分が悪くなる。
しかし、彼の成績は私の知る限りではそこまで落ちていない。……いや、E組は何も成績だけで決まるわけではないはずだ。と、いうことは――。
「まさか……」
「そう。バイトやってるのが、学校にバレた」
悠馬くんは頬をかきながら、眉を下げた。
彼は家の都合で、バイトをして家計を支えている。当然この学校はバイト禁止で、やっていることがバレると大変まずい。私の他にも彼がバイトをしていることを知っている人は何人かいる。しかし、みんな彼の事情を知っているので告げ口するなんてことは無いのだが――。そもそも他の奴にバレたところで人望の厚い彼なら、心配がない。こんなことをする奴と言ったら……。
「……浅野でしょ」
悠馬くんの肩がぴくりと震える。彼の告げ口をするような奴なんて、1人しかいない。本当に、あいつはどこまで――!
「絶対許せない……!」
私は拳を握り、勢いよく立ち上がった。
「あいつに、文句言ってやるっ!」
「お、おい、落ち着けって!」
今にも怒鳴り込みに向かいそうな私を、悠馬くんが慌てて止める。
「でも……!」
「俺がバイトやってた方が悪いんだ。仕方ないさ」
「悠馬くん……」
私はそっと拳を降ろした。――今浅野を殴ったところで、悠馬くんに迷惑をかけるだけ。……なんの解決にもならない。私は一呼吸おき、ベンチに座り直した。
「……ごめん」
「大丈夫だよ。……来年は、蘭と同じクラスになりたかったんだけどな」
「……私も」
気まずい沈黙がしばらく続く。まさか友人が2人もE組に行くなんて、思ってもいなかった。――決してE組を差別しているわけではないが、あそこに行けばどんな扱いをされるかは、よく知っている。全くの他人でもこんなに嫌な思いになるのに、有希ちゃんや悠馬くんとなると、余計に怒りが湧く。せめて、私も同じ立場なら……。
「……やっぱり、私もE組に」
「ダメ」
私の発言を、悠馬くんは即座に否定する。
「なんで!?」
「無理だよ。蘭、めちゃくちゃ成績良いし、これで案外真面目だし、E組に落ちる要素がない」
「そんなの、いくらでも方法はあるよ!」
「絶対ダメ。俺や神崎のためにもならないし、蘭のためにもならない」
「でも……!」
悠馬くんはふっと笑うと、私のことを抱きしめた。
「ゆ、悠馬くん……?」
彼がそんなことをするのは意外だった。身体中に熱が集まる。――自分がどういう存在かって分かっているのかな、もう。反論しようとしていたが、そんな気も失せる。私は小さく息をついた。
「……蘭は本当に優しいな」
「そんなこと、ないよ」
「あるよ。……だからみんな好きになるんだ」
「……え?」
悠馬くんは私をゆっくりと話すと、こう言った。
「俺のことは心配いらない。E組でもやっていける。……蘭はずっと友達でいてくれるんだろ?」
「当たり前だよ!」
「じゃあ大丈夫。蘭がいるなら……俺は大丈夫だよ」
悠馬くんが去っていった後、私は再び考え込んだ。
『私がいるなら大丈夫』
2人とも、そう言ってくれたが――果たして、本当にそうなのだろうか。……私には、答えが出せなかった。
E組への通知というのは一気に来るようで、次々と周りの人のE組行きを知らされる。
「凛ちゃん……」
「蘭は、私の友達やめるの?」
「そんなわけないじゃない! ただ心配で……」
「……それなら、大丈夫」
凛ちゃんは悲しそうに笑った。あのふたりと同じように。
彼女だけではない。莉桜ちゃんにメグちゃん、そして龍くん――みんなE組に行くことが決まったのにも関わらず、大丈夫の一言で私に心配をかけさせまいとする。……代われるものなら代わりたい。しかし、私一人が代わったところで、どうすることも出来ない。いつもの堂々巡りの考えだ。成績がよくたって、運動ができたって、何でもできたって、なんの役にも立たない。――友人ひとり、救うことすらできない。
私はただの、役たたずだ。