龍くんと私
カルマくんとの親睦も深まり、肌寒くなってきたある日のこと。
「今日、日直だから先帰ってていいよ」
放課後、私を待ってくれていた渚くんとカルマくんにそう促した。
「気にしないで。待つよ」
「外もう暗いし、1人で帰らしたらまーた変な奴に捕まるでしょ」
しかし2人は一向に動こうとしない。テスト期間も近くなってきたことだし、あまり迷惑をかけたくないというところが本音だ。
1人で帰っても支障はない――といいたいところだが、この前の件がある。カルマくんを納得させるには、あれを出さねば……!
「大丈夫だよ。この前は様子見したけど、いざとなったら……ね?」
私は鞄から柔道着を見せた。その帯は堂々の黒帯である。今日の体育では大活躍だったのだ、えへん。
そもそも、私が大体のことは何でも出来るのは、幼少期に色々な習い事をしていたからである。俗に言う英才教育、といったものだ。ほとんどは自分で通ったり祖母に送迎してもらったりと、金銭面以外では何も協力してくれることは無かったが。
今となっては全部辞めてしまったが、何かひとつくらいは続ければ良かったかもしれない。……まあ、基礎はあるわけなので、自力でやるのも良いだろう。
「……確かに、僕よりは強そうだけど」
「ホント蘭って何でも出来るよねー。こわいこわい」
渚くんが唸る横で、カルマくんは軽口を叩いてニヤニヤと笑った。しかしすぐに、その表情は真剣なものとなる。
「ま、それとこれとは話がべーつ。蘭より強いヤツなんてたくさんいるんだから。俺も、蘭より絶対強いよ?」
「カルマくんに勝つ自信はないけど……渚くんはともかく」
私の発言に、渚くんが大きく肩を落とした。
「ひどいよ蘭……」
「はは、ごめんね。でも渚くん案外鋭いとこあるし、本気出されたら負けちゃうかも?」
私は渚くんの頭をぽんと撫でた。技術はともかく、渚くんは妙に手を出せないというか、出しにくいところがある。可愛い見た目の裏腹に、鋭い牙を持ってたり――なーんてね。
「じゃ、待ってるってことで良いね?」
「だ、ダメだって!」
腰を降ろそうとしているカルマくんを、慌てて止める。
「私、この前の職業体験のレポートも提出しなきゃいけないの。本当に遅くなっちゃうよ?」
「そうそう。あの先生、話長いからな」
その声に私たちは後ろを振り返った。
「千葉くん!」
「職業体験、一条と同じ場所だったんだ。俺も日直だし、心配なら一緒に帰るよ」
彼は、千葉龍之介くん。黒髪に長い前髪が特徴の、オトナ系美少年だ。正確には目が前髪で隠れているため、全部を見たわけではないが、私の勘がそう言っている。
性格は先程述べた通り大人びており、口数も多くない。凛ちゃんと似たタイプだろうか。そんな彼とは今までほとんど話したことが無かったが、どうやら私のことを気にかけてくれているようだ。
「でも、悪いよ」
「大丈夫。一条とは帰り道一緒なんだ。たまに見かけるよ」
私が遠慮をすると、千葉くんは予想外の返しをした。帰る方面が一緒なのは知らなかった。いつも適当なルートで帰っていたのだが――ということは、結構家が近いのか?
「蘭に変なことしたらどうなるか分かってる? 前髪くん」
するとカルマくんが、千葉くんの肩を組みそんなことを言い出した。親切にしてくれているクラスメイトに、なんて言い草だ。
「千葉だけどな……。するわけないだろ? 天然記念物は保護するものだって、相場が決まってる」
千葉くんは困ったように笑いながらも、ユニークな回答をした。もしかして、天然記念物って私のこと?
「……ふーん」
その回答にカルマくんは彼を離し、自分の鞄を持った。そのまま扉へと向かっていく。
「渚くん、帰るよ」
「あ、うん。千葉くんなら大丈夫そうだし……お願いね」
「ああ」
渚くんも慌ててカルマくんの後を追いかける。
「蘭、また明日ね」
「寄り道しないで真っ直ぐ帰るんだよー」
「心配しすぎだって……じゃあね」
2人はそう言い残し、教室から出ていった。寄り道しないでって、小学生じゃあるまいし。
「……私、そんなに子どもっぽいかな? いやまあ良いんだけど、なーんか複雑」
「それだけ一条のこと大切に思ってるんだろ。いい友達じゃないか」
私が腕組みをして考えていると、千葉くんがフォローをしてくれた。……良いはずなのだが、何か違和感がある。――あ、そうか。千葉くんがこんなに話すのを見たことがないからだ。
「いつもより喋るね、千葉くん」
私は率直に、彼にそう告げた。
「……そうか?」
「だって今までそんなに話したことなかったもん。今日は機嫌良かったり?」
「いつも機嫌悪いってわけじゃないけど……まあうん、そうかも」
「へー、何か良いことあった?」
私がそう尋ねると、千葉くんの頬が赤くなる。彼は頭をぽりぽりとかきながら、小さくこう呟いた。
「……話したかった人と話せた、とか」
――その彼の発言に、一瞬何も言葉が出なかった。ようやく絞り出せたのは、いつもの一言だ。
「可愛い……」
「か、可愛いか!?」
「超可愛いよハート撃ち抜かれた……」
私は胸を抑えながら、千葉くんの肩を叩いた。くう……やっぱり私は美少年に弱い。そして、ギャップ萌えにはもっと弱い。心臓、鍛えよう。
「よーし、さっさと仕事終わらせて、私とお話ししよ! 千葉くん!」
「あ、ああ……!」
私は腕まくりをし、気合を入れた。千葉くんも戸惑いつつも、首を縦に振る。こうなったら、千葉くんともっと仲良くなってやるんだから!
「そういえば、なんで前髪伸ばしてるの? 前髪くん」
「千葉だっての。カルマの真似をするな」
提出物を出し終わり、日直の仕事も終盤に差し掛かった頃。私はいつも思っていたことを、彼に訊いた。
「俺、目付き悪いみたいでさ。結構怖がられちゃうんだよな」
「ほー、どれどれ」
私は千葉くんの前髪をかき分け、彼の秘密のベールをオープンした。
「こ、こら、一条!」
千葉くんは慌てて私を止めようとしたが、時すでに遅し。私はしっかりと彼の顔を見つめた。確かに少し鋭いかもしれないが、やはり美少年だ。目付きだけで言うなら浅野くんの方がよっぽど……これ以上はやめよう。
彼の目は真っ直ぐで、穢れが無い。いつも見せてくれれば良いのに――というのは野暮かな。
「いい目してるじゃん。好きだよ、私は」
私がにこりと笑ってそう言うと、千葉くんはそっぽを向いてしまった。
「……まーたカルマたちに怒られるぞ、一条」
「えっ、何で!?」
あの2人は怒ると面倒くさいので、なるべく避けたいところだ。一体どうすればいいのだろう。
「全く……こりゃ守りたくなっちゃうよな」
千葉くんは私の頭をぽんぽんと叩くと、はにかみながらこう言った。
「……俺、普段こんなグイグイいかないけどさ。……蘭って、呼んでいいかな?」
「もちろんだよ!」
私が大きく頷くと、彼は安心したように息をついた。名前くらい気軽に呼んでも良いのだけど。中学生は敏感な時期だから、気にしてしまうのだろうか。
「私もせっかく仲良くなれたんだし……龍之介くん、じゃ長いから、龍くんなんてどうでしょうか?」
「……素晴らしいと思います」
こうして私は、龍くんと友達になった。ちなみに、家は予想通り近かったので、それ以降は一緒に帰る機会が増えた。
――もうすぐ2年生も終わり。すなわち、E組へ行く生徒がそろそろ決まる頃である。今までは違う学年だったのでまだ目にする機会は多いとは言えなかった。……しかし、今回からは別だ。嫌でも私はその現実に向き合うことになる。
友達がE組に行ったら、不当な扱いをされたら、私は冷静でいられるだろうか。――あんな制度、無くなってしまえばいいのに。