03


ふと、雨降花を摘んだ人間について思い巡らせた。雨がそんな彼の体に落ちてくる。

その日の朝は物寂しいものだった。
厚い雲の下で、街は黄緑色に輝いているようだった。庭先の合歓や通沿いの水銀灯、真鍮のとってに路地裏の猫。無口な彼らは、全てが雨に濡れた景色の中に溶け込んでいる。

彼には、朝から出掛ける用事があった。面倒臭そうに傘を開いた。外套で固められた丸い背中が、今日も舗道にあった。まるで、この光の中に墨をこぼしたかのようだ、と彼は自身の風貌を皮肉った。

外套を羽織った彼の大きな体をすっぽりと覆ってしまうほどの傘に、雨粒が落ちる。その音が、彼の鼓膜の上ではじけた。何度もはじけるその雨粒の感覚を耳で楽しんだ。だが、次第にその粒たちが肩を叩き、振り返らせようとしているのでは、と彼は思った。
彼が振り返ると、そこにはもちろん誰もいなかった。雨たちは、彼をからかうように降り続けた。

彼は機械的に一人で用事をこなした。彼の目は常に前を向いている。そんな彼の背後で、気付いてくれと言わんばかりに雨が降る。

彼は雨音を断ち切るかのように傘を回した。傘の上にいた雨粒が転がり落ちた気がした。だが 、雨は黙らない。
リズミカルな雨音の拍子に、気まぐれな雨音が絡み合い、いつの間にか旋律となっていた。彼は無意識のうちに、その旋律を感じていた。

空は黄緑色から金色へと変わっていた。沈み行く太陽が、薄くなった雲を通して街を照らし始めたからだ。太陽が最後の光を地平線に残して消えたあと、街は薄暗くなった。彼は腕時計を確認し、仕事を終える時間が迫っていると気づいた。

彼は全ての予定を終えて、玄関の戸をくぐった。不思議なことに、戸を閉めた途端、雨の音はぱったりと止んだ。

彼が閉じた傘からは雫がしたたった。それを見た彼は、雨に名残惜しさを感じ始め、空を見上げた。だが、すぐに吹っ切って奥へ進んだ。

戸の向こうでは、まだ雨が降り続いている。



13'10/5 きのぱん


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