10



耳に届いたのは雨音、外は見惚れるほどに白くて少しぼうっとしていた。
ベランダのフェンスに絡まった蔓が僕を見ている、うっすらと桃色を乗せて首を傾げていた。
雨降り花の名を持つ雑草を摘まずにいたのは僕も彼女も、ものぐさだからだろう。

「摘むと雨が降るらしいから」

そんなの迷信だ、それなら今の雨はどこかで誰かが花を摘んだから?
こんな雑草、世界中で刈り取られてる、この世はいつだって雨だ。
そう僕が言うと彼女は口を尖らせプイと外方を向いた。窓の外は白いままだ。

「何か見えるの」
「わかんないならいい」

彼女はベランダに出て煙草を吸った。立ち上る煙は溶けるまもなく、外は全部雨空のように映っていた。
その後ろ姿が微かに揺れて、どうも僕らの仲もあまり明るいものではないと夏が感じさせる。

「なんで泣いてるんだよ」



自分の部屋なのに居心地が良くない。
悪い意味での心此処に在らずといった気持ちで体がずっしりと重く、ふわふわと漂っていた。
雨はまだ止まない。彼女はもう居ない。
憂鬱な季節だ。僕にとっては何時だって生きていることは憂鬱なものだけれど、自分の心が分からないほど嫌なことが他にあってたまるものか。漂う煙たい香りを吸い込むと頭の奥が微かに痛んだ。

「なにひとりで感傷的になってるんだ」

誰も見てないから大きな独り言を吐いて、お気に入りの靴を履いた。

ざあざあ、ばらばら、上の階の子供が走り回る足音のように傘にぶつかる雨。
出かけなければよかった。爪先がじんわりと冷たい、ほかの靴にすればよかったかな。
けれどもう踵を返すのも億劫な距離を歩いてきた。ものぐさだ、僕も彼女も。どこへ行ったんだよ。あてもない足取りだった。
地下鉄にでも乗ろうか。どこからか音を運んでくる、風が僕の髪を乱した。
冷たい雨粒が服に染み込んで熱に変わって、自分が泣いているようで寂しくなった。

いつの間にか街には明かりが灯っていた。
行き交う人の足取りは軽い。僕も帰ろう、シャワーを浴びて濡れた髪を乾かして、アイスキャンディーでも食べながらいつもののんびり屋の僕に戻ろう。
見慣れたドアをいつものように開ける、開いたままのカーテンが遮ることなく夜の光を僕の部屋にうつしていた。
窓の外には相変わらずヒルガオがひっかかっていた。
彼女が言った、摘むと雨の降る花。

「いまも泣いてるかな」

少し乱暴にカーテンを閉めた。
電話のコール音と強い雨音が交ざる。

「――もしもし?」

明日は晴れるだろうか。
花は摘まないでとっておこう。


11/4 速水

 | 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -