愛 | ナノ
 リーマス・J・ルーピンという名前に、シルヴィアは聞き覚えがなかった。そして、こうして対面している彼の顔にも覚えがない。学期が始まる前にダンブルドアから説明があり、彼が狼人間だということは知っていたけれど、それ以上のことはわからなかった。祝宴前に顔見知りのように挨拶され、答えに窮していると、彼は落ち込んだように言った。
「私は君と同級生だったんだよ。覚えてないかな? グリフィンドールで、よくジェームズたちと一緒にいたんだけど……」
 シルヴィアは眉を下げ、申し訳なく言った。
「ごめんなさい……覚えてないわ……」
 自分と一緒に広間に入り、傍でやり取りを見ていたセブルスが、ルーピンを鼻で笑った。
「よほど影が薄かったようですな?」
 ルーピンは嫌みを言われたのにも関わらず、愛想の良い笑みを浮かべた。
「やあ、君は覚えているだろう? セブルス」
 そうなの?とシルヴィアはセブルスを見上げたが、彼は眉間に皺を寄せた。
「残念ながら、その癇に障る顔は記憶にありませんな」
 そう低く言うと、握手もせずに一番向こうの席へ歩いていってしまった。
「あの、ごめんなさい、私のせいで――」
 彼の背中から目を離し、ルーピンに詫びれば、彼は驚いたようにこちらを見つめ、そして優しく微笑んだ。
「いや、君のせいじゃないよ。彼は昔からこうだから。じゃあ、改めて。私はリーマス・ルーピン、よろしく」
 差し出された手を、シルヴィアは握り返した。
「シルヴィア・ロジエールです。よろしくお願いします、ルーピン先生」
 ルーピンは笑いながら首を振った。
「敬語なんか使わなくていいよ。あと、リーマスって呼んで。私もシルヴィアと呼ぶから」
 わかったと、シルヴィアは頷いた。
 生徒たちがそれぞれの寮の席に座ると、組み分けが始まった。しかし、いつもはマクゴナガル先生が読み上げる名前を、フリットウィック先生が読み上げている。疑問に思いテーブルを見ればマクゴナガル先生がいなかった。何かあったのだろうかと心配になる。
 念のためグリフィンドールのテーブルを見ると、ロンの周りにハリーとハーマイオニーの姿がなかった。ハーマイオニーはなぜいないのかわかったが、ハリーもいないことが胸をざわめかせた。
 彼を狙うブラックが、アズカバンから脱獄したため、ディメンターを城の近くへ配置することは、ダンブルドアから聞いていた。ホグワーツ特急にディメンターも乗り込んだのだろうか。そして、ハリーの身に何かあったのだろうか。特急に乗っていたリーマスなら何か知っているはず。組み分け式が終わると、リーマスへ声をかけた。
「……ハリーがいないけど、特急の中で何かあったの?」
 リーマスは頷いた。
「私はハリーたちと一緒に乗ってたんだが、ディメンターがコンパートメントに入ってきたんだ。それでハリーは気を失った」
「えっ!?」
 シルヴィアは思わず立ち上がりかけた。リーマスは慌てて言葉を続けた。
「今は大丈夫だよ、チョコレートも食べさせたしね。マクゴナガル先生と、マダム・ポンフリーと一緒にいると思う……あ、帰ってきたよ」
 扉が少し開いたと思えば、マクゴナガル先生とハリー、ハーマイオニーが入ってきた。いそいそとテーブルにつくハリーは、たしかに顔色が悪いように見えた。一方のハーマイオニーは血色が良く、とても嬉しそうだ。
 やがて校長の話が始まり、それが終わると目の前の金皿に料理が現れ祝宴が始まった。
 リーマスは、話していてとても楽しい人だった。こちらから話を振らなくとも、話題を振ってくれ、笑みを絶やすことはなかった。彼は学生時代、ジェームズが中心となって悪戯をするグループ、マローダーズの一人だったという。それを聞き、いつだったか夏休みに、ジェームズが新しい仲間ができたと喜んでいたことを思い出した。それはきっとリーマスのことだろう。しかしシルヴィアは言わないでおいた。リーマスが自分とジェームズとの関係を知っているのかはわからないが、人と思い出を共有したいとは思わなかった。
「それにしても」
 ゴブレットを傾け、リーマスは言った。
「君は、まったく変わってないな。すごく若々しくて綺麗だ。さすが、スリザリンの姫だね」
 最後の言葉に、ワインを飲んでいたシルヴィアは盛大にむせてしまった。手を口にあて咳をしていると、リーマスが背中を擦ってくれた。
「大丈夫かい?」
「ゴホッ、大丈夫……ありがとう……」
 ゴブレットを置き、シルヴィアは再び口を開いた。
「その、スリザリンの……何て?」
「姫だよ。知らなかったのかい?」
 頷くと、リーマスは目を丸くした。
「あれだけ騒がれてたんだけどなあ。君の一挙手一動が、よく話題になって……六、七年生くらいから、君は男子たちの間で相当人気があったんだよ。グリフィンドール生の中でさえ」
 初耳だ。スラグホーンクラブのクリスマスパーティーに行くとき、パートナーにしてくれとそこかしこで言われたが、それは自分と一緒で、OBのコネを作りたいからだと思っていた。
 しかし、姫はないだろう。言われたこちらが恥ずかしくなってくる。学生時代に知らなくてよかった。シルヴィアはすぐに話題を変えた。
「今まで、どんな仕事をしてたの?」
 言ったあとで、配慮に欠ける質問をしてしまったと気づいた。しかしリーマスは特に気にした様子もなく答えた。
「日雇いの仕事をいろいろしてたよ……だから、ホグワーツの教師になると決まって嬉しかった。久しぶりに教科書を開いて勉強したよ」
 彼の瞳は輝いていた。その輝きはただ、広間に浮かぶ蝋燭の炎が映ったものではなく、彼の内側から現れたものだとわかった。
 祝宴後、各々が自室に帰っていこうとする。リーマスに別れを告げると、シルヴィアはいち早く広間を出ていったセブルスを追いかけ、声をかけた。
「セブルス……あなた、歩くの速いわよね」
 セブルスはローブを翻し振り向いた。
「何か用か?」
「いいえ、別に……ただ、祝宴の最中、あなたがものすごい顔でリーマスを睨み付けてたから、気になって」
「もうファーストネームで呼び会う仲になったのかね? さすがはスリザリンの姫ですな」
「もう、聞いてたの?」
 シルヴィアはため息をつく。
「……本当、姫なんてやめてほしいわ。セブルスは知ってたの?」
「知らん。他寮で君がどう呼ばれていたかなど興味もない」
「ふふ、さすがは私の友人ね」
 話している間に、階段へついた。
「じゃあな」
「またね、セブルス」
 立ち去っていくセブルスの背中をシルヴィアは見送った。先ほどのリーマスをにらむ顔には、憎悪しか浮かんでいなかった。やはり、彼は学生時代の思い出をまだ引きずっている。過去にとらわれすぎている。断ち切ってあげたいと思ったが、それができる者が自分ではないことをシルヴィアは知っていた。

 リーマスの授業は、教科書を使わない、実習メインの授業だった。悪霊や魔法生物を実際に退治する授業は面白く、たちまち生徒たちに人気になった。去年のロックハートの授業が散々だったこともあり、シルヴィアはリーマスの深い知識に感心した。
 生徒たちからのレポートを持って、リーマスの部屋のドアをノックする。どうぞ、と言うしゃがれた声に、ドアを開けた。リーマスは、水槽に入った生物と向き合っていた。頭はつるつるで両手に水かきがあり、全体が粘膜のようなもので覆われていた。
「あら、河童なんて初めて見たわ。本では見たことがあったけど……」
 リーマスはこちらを向いて微笑んだ。
「三年生の実習で使うんだ。ちょうど届いたばかりでね」
「そうなの。きっと、楽しい授業になるでしょうね」
 興奮する生徒たちを想像しながら、リーマスの机にレポートを置く。
「ありがとう……ちょっと、お茶でもしないかい? あ、忙しかったらいいんだ……」
 シルヴィアは断る理由もなく、にこやかに頷いた。
 リーマスの魔法で瞬時にお湯が沸き、彼がカップとソーサーを用意しながら言う。
「急にごめん、息抜きしたくなって……ティーバッグでも大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
 ティーバッグにお湯が注がれ、アールグレイの香りが漂う。一口飲み、その温かさに心が安らぐ。向かいにリーマスが腰を下ろした。
「……学生の頃から思ってたんだけど、君はセブルスと仲がいいね」
「そうね、なんとなく波長も合うし、いい友人だわ」
「彼と波長が合うっていうのは、なかなかないことだよ」
 リーマスは笑った。
「セブルスは壁を作るし……私を憎んでもいる」
「……それは、ジェームズの仲間だったからよ」
 そう気遣えば、彼は苦い顔をした。
「きっと、理由はそれだけじゃない。私は当時監督生だったけれど、ジェームズのセブルスへの悪戯を止めようとしなかった。だから憎んでいるんだと思う」
 シルヴィアは何と声をかけたらいいかわからなかった。言葉を探しているうちに、リーマスが話を変えた。
「シリウス・ブラックの脱獄は、本当に驚いたよ。彼が殺人を犯したときと同じくらい驚いた」
「私も驚いたわ。まず、あのブラックがジェームズを裏切るなんて、信じられなかった」
 ブラックがジェームズを裏切ったうえに、一三人を無惨に殺し、アズカバンに入れられたというニュースを読んだときは、とても驚いた。まさかあの男がジェームズを裏切るなど考えられなかったし、ましてや人殺しをするなど、到底信じられなかった。
 そう正直に話せば、リーマスは目を見開き、それから寂しげに笑った。
「本当かい? なかなかこんな話はできなかったから、今君と話せて嬉しいよ……ブラックは、君に夢中だった。覚えてるかい? 廊下で君に会うたびに話しかけて」
「よく覚えてるわ。私はそれが嫌で仕方なくて、マクゴナガル先生に曖昧魔法を教えてもらった」
「曖昧魔法? はは、そんなに嫌だったんだね……あの頃は本当によかった」
 リーマスは目を細め、しみじみと言った。
「そういえば君は、ジェームズと幼馴染みだったんだってね」
「……知ってたの?」
「ああ……昔ジェームズから聞いたんだ。ジェームズは君のことをよく話してたよ、妹みたいだって言ってた」
 昔薄々気づいていたことは、やはり当たっていたらしい。苦々しさが込み上げてくる。何も言えないでいると、リーマスが不思議そうに呼びかけてきた。
「……シルヴィア?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと昔のことを思い出して……」
 どう話題をそらそうか思いあぐねていると、ノックの音が聞こえてきた。リーマスの返事でドアが開き、セブルスが入ってきた。手には湯気の立つゴブレットを持っている。こちらを見たと思えばすぐに逸らされ、彼はリーマスの前にゴブレットを置いた。
「ありがとう、セブルス」
「……礼には及ばん」
 リーマスの言葉に短く答えると、セブルスは部屋を出て行った。シルヴィアは紅茶をもう一口飲み、席を立つ。
「ごめんなさい、ちょっと彼に用があるのを思い出したわ」
「そうなのかい? 引き留めてしまって悪かったね」
 特に用事などなかったが、シルヴィアはこの場から去りたかった。知りたくなかったことを知ってしまった。一人になってこの苦しみと向き合い、冷静になりたかった。
 外に出ると、セブルスが廊下を歩いているのが見えた。リーマスには、彼の煎じた脱狼薬をあげたのだろう。あれほど憎しみの目をリーマスに向けていたセブルスのこと、きっとダンブルドアから頼まれたのだ。
 シルヴィアは、セブルスとは反対方向へ歩き出した。

 ハロウィーンの季節がやって来た。同時に、ホグズミードの季節も。バーノンからホグズミードの署名をもらえなかったハリーは、変身術の授業のあと、マクゴナガル先生にホグズミードに行ってもいいか尋ねた。が、彼女の答えは厳しいものだった。
「駄目です。ポッター。今私が言ったことを聞きましたね。許可証がなければホグズミードはなしです。それが規則です」
「でも――先生。伯父と伯母はご存知のようにマグルです。わかってないんです――ホグワーツとか、許可証とか。先生が行ってもいいとおっしゃれば――」
「私はそんなこと言いませんよ。許可証にはっきり書いてあるように、両親、または保護者が許可しなければなりません。残念ですがポッター、これが私の最終決定です。早く行かないと次の授業に遅れますよ」
 パーシーは、慰めにならない最低の慰め方をした。
「ホグズミードのことを皆騒ぎ立てるけど、ハリー、僕が保証する。評判ほどじゃない。いいかい。菓子の店はかなりいけるな。しかし、ゾンコの悪戯専門店ははっきり言って危険だ。それに、そう、叫びの屋敷は一度行ってみる価値はあるな。けど、ハリー、それ以外は、本当に大したものはないよ」
「うん、そうだね……」
 気のない相づちを打っていると、ふとスリザリン寮のロジエール先生が思い浮かんだ。ハリーは頭を振ってその考えをかき消した。

 その日の夜、グリフィンドール寮の太った婦人の肖像画がブラックにより引き裂かれ、ホグワーツ中が騒然となった。教師たちはブラックの探索に駆り出され、シルヴィアも探索に加わった。寮監のセブルスと同じ四階を任され、彼と手分けして捜すことになった。
「天文台の塔、私の部屋にはいなかったわ」
「こっちもだ。フィルチのところに行ってくる。君はもう一度捜していてくれ」
「ええ」
 シルヴィアが頷くのを確認し、セブルスは下の階へ降りていった。
 もう一度引き返しながら、シルヴィアは思う。ブラックはどうやってホグワーツに入ったのだろうか。これだけ警備されているホグワーツ城に。外はディメンターで警備され、中では姿あらわしもできない。どこか、誰も知らない抜け道があるとしか思えない。それか、ホグワーツの誰かが手引きしたか。それは考えたくないことだった。手引きしたとしたら、リーマスに疑いが掛かってしまう。
 自室のクローゼットを探索しながら、シルヴィアはブラック、そして狙われているハリーを思った。
 ブラックはホグワーツのどこにもいなかった。ダンブルドアは教師たちにハリーを監視するよう命じ、シルヴィアはハリーを廊下で見つける度に話しかけ、一緒にハリーの教室へついていった。話すことは大体試合が近づいてきているクィディッチのことだった。
 そして、一回目のグリフィンドール対ハッフルパフの試合の前日、リーマスが体調不良で休むという知らせが舞い込んできた。代わりに今日の授業は、セブルスが教鞭を執ると言う。
 時間割を確認すると、グリフィンドールの三年生の授業、ハリーたちの授業が入っていた。シルヴィアが担当する防衛術は、四年生以上の授業だったが、セブルスは助手が要ると言ったため出ることになった。
 セブルスの授業中のグリフィンドールいびりは、二年前から嫌というほど聞いている。シルヴィアはそれなりに覚悟していたが、セブルスのいびりは想像以上に酷かった。まず遅れてきたハリーに一五点減点。手を挙げたハーマイオニーを無視し、さらに知ったかぶりだとして五点減点。それに抗議したロンに素手でトイレ掃除をする処罰。帰り際にロンが助けを求めるような目で訴えてきたが、シルヴィアはがんばれ、と頷くことしかできなかった。ロンに心底同情したが、自分にセブルスを注意する資格などない。
「本当に、あなたって性格がいいわね」
 映写機を止めながら皮肉を言う。何か言わずにはいられなかった。グリフィンドールいびりに加え、あろうことか人狼を題材にあげたことに腹が立っていた。セブルスは鼻を鳴らし、映写機を隅へ片づけた。

 クィディッチ当日は嵐だった。雷鳴が鳴り響き、風の強さによろめくほどの嵐だったが、それでも学校中の皆がいつものように競技場へ来ていた。傘では吹き飛ばされそうになるため、全身に防水呪文をかけたシルヴィアは、マグル学のチャリティの隣に立っていた。セブルスは来ず、彼女と観戦しようと決めたのだった。
「どっちを応援するの?」
 同じく防水呪文をかけたチャリティが大声で言う。
「グリフィンドールかしら」
 シルヴィアもまた雨に負けないくらいの大声で答えた。
「あら、じゃあ私はハッフルパフを応援するわ」
 試合はこの悪天候の中よく見えず、リーの実況する声も風に遮られ、よく聞こえない状態だった。観客でこれでは、選手たちはもっと見えないだろう。
 最初の稲妻が光ったとき、マダム・フーチのホイッスルが鳴り響き、タイムアウトになった。グリフィンドールが五〇点リードしていた。
「早くスニッチが見つかるといいけど……」
「ええ、そうね」
 再び試合が始まった。グリフィンドールがもう一点リードしたあと、ハッフルパフのシーカー、セドリック・ディゴリーが猛スピードで上空を飛んでいった。続けてハリーもディゴリーを追う。
 その時、シルヴィアは異変を感じた。冷たい波が心の中に押し寄せてきた。見下ろし、息を呑んだ。一〇〇体ものディメンターがグラウンドに立ち、見えない顔をハリーに向けていた。ハリーは箒から転落した。
「ハリー!」
「危ない! シルヴィア――」
 シルヴィアが柵を乗り越えるのと、ダンブルドアがグラウンドに駆け込んだのはほぼ同時だった。靴の魔法でできた透明な階段を降り、ダンブルドアの魔法によってゆっくりと地上に転がったハリーのもとへ駆け寄った。ハリーは意識を失っているようだった。ダンブルドアがパトローナスでディメンターを追い払い、シルヴィアは担架を出してその上にハリーを浮かべて乗せた。
 ハリーが目覚めたというニュースを聞いたとき、シルヴィアは心底ほっとした。生徒たちが死んだかと思うくらい、ハリーの体は冷たくなっていたからだ。見舞いに行きたい衝動に駆られたが、ロンたちが一日中ついていると聞き、やめることにした。一教師が一生徒の見舞いに行くことなどそうそうないだろう。
 クリスマスシーズンがやって来ていた。クリスマス当日、シルヴィアは去年と同じ黒のドレスを着て、大広間へ向かった。各寮のテーブルは壁に立て掛けられ、中央にテーブルがひとつ、食器が一三人分用意されていた。
「メリークリスマス! シルヴィア」
 テーブルに近づくと、ダンブルドアに挨拶された。メリークリスマス、と笑って挨拶を返し、セブルスの隣に座る。
「メリークリスマス、セブルス」
「……メリークリスマス」
 セブルスはそう思ってなどいないように、苦虫を噛み潰したような顔で挨拶を返した。
「あら、クリスマスはお嫌い?」
「浮かれた雰囲気はあまり好きではない」
「まあ、損してますこと」
 少ししてハリー、ロン、ハーマイオニーがやって来た。「メリークリスマス!」とダンブルドアが挨拶し、シルヴィアは三人に手を振った。三人とも手を振り返してくれた。
 三人が並んで座ると、ダンブルドアが陽気に、大きな銀色のクラッカーをセブルスに差し出した。セブルスが渋々受け取って引っ張ると、大砲のような音がして、ハゲ鷹の剥製を天辺に乗せた、大きな魔女の三角帽子が現れた。前にボガートがセブルスの女装をしたと聞いたことがあり、思わず笑うと、セブルスはこちらを睨んだ。
「たっぷりと食べよう!」

 新学期最初のクィディッチの試合は、グリフィンドール対レイブンクローだった。ハリーが何者からかファイアボルトをプレゼントにもらったことを、シルヴィアは知っていた。フリットウィックとともに、ファイアボルトに呪いがかかっていないか調べたからだ。結果何も呪いはなく、マクゴナガルに返していた。
 シルヴィアはセブルスとともに観客席にいた。天気はグリフィンドール対ハッフルパフのときとはまるで違った。晴れてひんやりした日で、弱い風が吹いていた。グリフィンドールの優勝がかかっている試合ということで、学校中の者が見に来ているようだった。
「今度もまた、グリフィンドールを応援する気かね?」
 ブルーの競技服に身を包んだ、レイブンクローの選手たちに拍手しながらセブルスが言った。二年前のハリー初試合のときを思い出しているらしい。シルヴィアは笑って答えた。
「あなたはレイブンクローを応援するだろうけど、私はどちらも応援しないわ」
「ほう」
 鉤鼻越しに上から見つめられる。
「君にそんな芸当ができるとは、知らなかった」
 ホイッスルとともに、選手たちは地面を蹴った。試合はグリフィンドールが優勢だった。シーカーのハリーは、チョウ・チャンにマークされていたが、チョウを振り切りスニッチを見つけたようだった。レイブンクロー側のフィールドに加速したハリーを、シルヴィアは手に汗を握りながら見守った。
 グラウンドに視線を移すと、ディメンターはおらず代わりに四人の頭巾を被った人がいた。ハリーは杖をさっと取り出し、「エクスペクト・パトローナム」と大声で叫んだ。銀色の何かが杖先から出て四人に直撃する。一体、誰から教わったのだろう。リーマスだろうか、と考える間もなく、ハリーはスニッチを掴んだ。
 グリフィンドールの生徒たちが一斉に歓声をあげる。あれは誰だったのかと下を見ると、マルフォイ、クラッブ、ゴイル、マーカス・フリントが折り重なるようにして地面に転がっていた。四人を見下ろすように、凄まじい形相のマクゴナガルが立っていた。
「浅ましい悪戯です! グリフィンドールのシーカーに危害を加えようとは、下劣な卑しい行為です! あなたたちを処罰します。さらに、スリザリンは五〇点減点です! このことはダンブルドア校長にお話しします。ああ、噂をすればいらっしゃいました!」
 隣に立つセブルスは、苦々しい顔をしていた。あなたも行かなくちゃ、と促すと、彼は渋々という風にグラウンドへ向かった。

 グリフィンドールが勝利のパーティーをした晩、事件が起きた。ロンがブラックを部屋で見たというのだ。その夜、教師たちが駆り出され、再びブラックの捜索が始まった。結果としてブラックはどこにもいなかった。
 翌日から警備はより厳重になった。ファット・レディは再びグリフィンドールの肖像画となり、彼女を警護するために、トロールが雇われた。
「厳重になったわね」
 フィルチが穴という穴に板を打ち込む姿を見ながら、シルヴィアは隣を歩くセブルスに言った。
「ああ、これくらい当然だろう。やつはどこから入ったのかわからんのだから」
「そうね……早く捕まえられるといいけど……」
 ふと、前方にハリーとネビルの姿が見えた。
「二人とも、ここで何をしているのかね?」
 セブルスが威厳に満ちた声で言った。
「奇妙なところで待ち合わせるものだな――」
 二人のそばには隻眼の魔女像があった。
「僕達――待ち合わせしたのではありません。ただここで会っただけです」
 ハリーはこちらをちらりと見たあと、答えた。
「本当かな? ポッター、君はどうも予期せぬ場所に現れる癖があるようだな。しかもほとんどの場合、何の理由もなくその場にいるということはない……二人とも、自分のいるべき場所、グリフィンドール塔に戻りたまえ」
 二人はそれ以上何も言わずにその場を離れた。セブルスは隻眼の魔女像の頭を手で撫でながら、念入りに調べ始めた。
「何もないと思うけど……」
「『思う』だけでは何もならないだろう。怪しい場所は調べなければならん」
 結局、魔女像からは何も見つからなかった。

 イースター休暇明けの最初の土曜日は、グリフィンドール対スリザリンの、優勝決定戦だった。セブルスとスリザリンの応援席の最前列に陣取ったシルヴィアは、彼と同じく緑色の服を着ていた。本当はグリフィンドールを応援したかったが、セブルスがそれを許してくれる訳がないため、仕方なく着ていた。
「浮かない顔だな」
 セブルスがそれを見逃さずに言う。シルヴィアはどきりとしながらも、にっこりと笑ってみせた。
「あら、そんなことないわ。私はスリザリンですもの、スリザリンを応援しなくちゃ」
 セブルスは黒い瞳をじっとこちらに注ぐ。シルヴィアは目を合わせていられず、グラウンドへ逸らした。ちょうど、キャプテン同士が力強く握手しているところだった。
「もう始まるわ」
 一四本の箒が一斉に飛び上がった。スリザリンのグリフィンドールに対する攻撃は、酷いものだった。まずマーカスがアンジェリーナに体当たりし、チェイサーのモンタギューがケイティの頭を掴み、ボールがアリシアを棍棒で殴り、彼とデリックがウッドをブラッジャーで狙い撃ちした。その度にグリフィンドールはペナルティーゴールを決め、六〇点リードしていた。極め付きは、マルフォイがハリーのファイアボルトの尾を握り締めたことだった。
「酷すぎる……」
 シルヴィアは思わず頭を抱えた。彼らにスポーツマンシップというものはないのか。これでスリザリンが勝ったら最悪だ。しかし、優勝したのはグリフィンドールだった。ハリーがマルフォイより先にスニッチを取ったのだ。
 歓喜するハリーと選手たちを見て、シルヴィアも心の中で喜んだ。セブルスをちらりと見ると、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。周りのスリザリン生たちと同じく、心底悔しそうだ。
「……また来年があるわ」
 シルヴィアはそう慰めた。
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