結納という名のお茶会が終わり、レイジュがビッグマムに割り当てられた部屋に帰ってきた。落ち着かず右往左往していたララは、ドアの閉まる音に振り返った。
「おかえりなさい。どうでした?」
レイジュはソファに座り、ため息をついた。
「騒がしいお茶会だったわ。ティーカップも食べ物も話すんだもの」
ビッグマムが、人々から寿命を取り、無機物に命を宿すのは知っていた。この部屋のドアだって、人間のように話す。
「……サンジと、フィアンセの様子は?」
「サンジは落ち込んでいるようだったわ。あんなことがあれば、尚更。プリンはそんなサンジを気にかけてるようだった」
その言葉を聞いて、ずきりと胸が痛む。レイジュからプリンの写真を見せられていたが、目の大きな可愛らしい少女だった。その上サンジを気にかけてるなんて、きっと性格もいいのだろう。
「……いい子、なんですね。プリンちゃんは」
肯定が返ってくるかと思いきや、レイジュは首を振った。
「確かにいい子だけど、いい子すぎて私には胡散臭く感じるわ……少し、彼女を探ってみようかと思ってるの」
「えっ、それは危険なんじゃ……」
ここは相手の掌の内だ。もし探っていることがバレれば、ビッグマムは怒るだろう。しかしレイジュは本気のようだった。
「そう、危険よ。だから私が中々部屋に戻らなかった時は、私を探して欲しいの。侍女が主人を探すことは、自然なこと。怪しまれたりはしないでしょう」
*
夜の会食が終わると、レイジュはプリンを探りに部屋を出た。一時間後に戻らなければ探してくれと言われていたララは、チラチラと時計を見ながらレイジュを待った。しかし、一時間経っても彼女は戻ってこない。ララはヴィンスモークの人々に悟られないよう、静かに部屋を出た。
ビッグマム側の小さな兵士にレイジュを見なかったか聞くと、プリンの部屋の方に歩いていたと言った。……嫌な予感がする。急いで彼の言った方向に向かうと、とある部屋の前にサンジが立っていた。予期せぬ人物に、ララは思わず陰に隠れる。
「いいだろ!」
「ダメよ!!バカン 今プリン様は取り込み中」
ドアに、開けるよう言っているようだった。あの部屋が、プリンの部屋らしい。
「物を渡すだけでいい」
「ダメよバカン シメるわよ!! あっち行って」
サンジは嘆息し、こちらに向かってきた。他に隠れるところもなく、ララはばったり出会ったかのように装い、サンジに会釈した。サンジは驚いたようだった。
「こんばんは、サンジ様」
「あれ、君はレイジュの……」
「はい。レイジュ様が部屋から出たきり戻られないので、探しておりまして……」
「そうなんだ。見かけてはないな……」
顎に手をやり、サンジが呟いた。
「左様でございますか。ではあちらの方へ行ってみようと思います」
サンジの後ろを指差し、ララはお辞儀をしてその場から去ろうとした。しかし――
「あの、君――」
「はい?」
「君は何故、あの時あいつを睨んだんだい?」
あいつってのは、ジャッジのことだけど、とサンジが付け加える。ララは何のことだか、と首を傾げた。
「あの時のことでしたら、私は睨んでなどおりません。総帥様は何か勘違いされたのでしょう」
「……そうか」
腑に落ちないようだったが、サンジは後ろを向き、違う方向へ歩き始めた。彼の姿が見えなくなるまで待ち、ララはプリンの部屋へ向かった。扉の心を操り、ほんの少しだけドアを開ける。
そこには、脚から血を流しているレイジュと、プリンの姿があった。驚いたことに彼女の額には、もう一つ目があった。プリンは椅子に座るレイジュに、嫌な笑みを向けていた。
「アハハハ!! 夢見てんじゃないわよ!!! あのチンピラと私が結婚!!? するわけないでしょう!!? 私はママのお気に入りよ、特に演技力 最近お世話の焼きすぎが疎ましいくらい! ママの頼みで男を騙すなんて簡単! 麦わら達も他愛なかった。私の本性は家族しか知らないの」
あれが、フィアンセの本性。ララは愕然と彼女を見つめる。
「ジェルマ王国の全てが今、ウチの領土に停泊中。サンジの政略結婚という甘いお菓子に、群がるハエ共ご苦労様 ママの計画通りだわ。ヴィンスモーク家は明日の結婚式で……皆殺しよ!!!」
最初から、そのつもりだったのだ。最悪な計画に、背筋が凍る。プリンはおもむろに銃を取り出し、壁に弾丸を放った。
「パーカッションロック式36口径ウォーカー。弾丸は通称キャンディジャケット。申し分なかったでしょう? 鉄の体を持つ、あなた達にも…!!」
レイジュは、プリンに足を撃たれたのだ。このままではサンジが、レイジュが危ない。
「ふふふ、明日が楽しみ 信じてた私に銃口を向けられるサンジの顔」
「ギャハハハ、そりゃ楽しみ!!」と、レイジュの傷口に乗っているゼリーと、宙に浮かぶ絨毯が笑いだした。
「ふふ…見物よね…こんな顔するかしら」
目と口を開き、驚いた顔をする。見ていられず下を向くと、レイジュも見られなかったのか、プリンが言った。
「ねぇどうしたの、そっぽむいて。あんたの弟のことよ? アハハハ。プロポーズの言葉知りたい? ――これが最高なの!! パックをはがすと見るも無惨なその顔!!」
両頬を膨らませ、馬鹿にしたように言った。
「キミはすくいだー、ケッコンしよー」
そっくりだとゼリー達が笑う。ララは怒りで、無意識に歯を食いしばっていた。
「こんな不細工な求婚ある――? はーおかしい、誰が結婚するかってのよ!! お前みたいな落ちこぼれと!! せめてちゃんとした王子連れて来いってのよ!!」
――もう限界だった。
扉から中に入ると、プリンとレイジュは驚いたようにこちらを見た。プリンが口を開く前に、ララは低い声で言った。
「さっきから聞いてれば、好き勝手言いやがって……こんな性悪女と、誰が結婚するかってのよ!!」
「あなた……!!」
「何、あんた……!!」
銃口がこちらに向き、パァンと銃弾が放たれる。ララはさっとそれを避け、プリンに足払いする。倒れたプリンの上に乗り、銃を取り上げた。
「くっ、返せ……!!」
「返さないわよ。あんたが持ってる銃、全部出して。さもなきゃ撃つわ」
銃を扱ったことはないが、形としてプリンに銃口を向けると、彼女は慌てたように言った。
「出す、出すから退いて!!」
銃を向けたままゆっくりとプリンから退く。立ち上がる瞬間、彼女の片手がララの頭へ伸ばされた。
「何!?」
避けようとしたが、遅かった。プリンの片手は頭の中へ入り、フィルムのような何かを取り出した。頭から抜け落ちるような感覚に、急に気分が悪くなる。プリンは不敵に笑った。
「私はメモメモの実を食べた能力者。攻撃は出来ないけど、記憶を見ることはできる……あんたがどうやって部屋に入ったのか、見させてもらうわ」
意識が朦朧としていく中、最後に見たのは三つ目を細め、にやりと笑う彼女の顔だった。
20190115
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