キャスターとランドセル



何もセックスが全てではあるまい、と耀は鈍く痛む頬をさすって思う。


可愛らしい子だった。

ミルクブラウンでゆるく巻いた髪も、パステルカラーのふんわりとした服も、甘やかな声も確かに好きだった。
「耀くん」と呼ぶ彼女を自慢の恋人だと思っていた。


ただ、申し訳ないとは思うが、彼女とセックスをする自分は想像できなかった。
付き合って1年と2ヶ月、強請る彼女に素直にそう言ったら強烈な平手打ちとともに別れを告げられたわけである。


「どうすっかなぁ。」


水曜はそもそも講義を入れていないし、家に帰ったところでやることもなく、1人の身。

こりゃメシでも食わなきゃやってられねぇわ、と独りごちて耀は煙草に火をつけた。

体に悪いとは思うのだが、なかなかどうしてこいつだけは、甘いバニラの香りに誤魔化されて吸ってしまう。


口に煙草を咥え、賑やかな街を適当に歩き回っていると、平手打ちの痛みも癒えるような気がする。


「あの。」


不意に高い声がした。

キャッチかな、と思って足早に通り過ぎようとする耀のコートの裾を何かが引っ張った。


「あの、そこの煙草の人。」


げぇ、と言いたいのをこらえて精一杯にこやかに振り返る。

が、振り返った先に人の姿はない。

首をかしげる耀にもう一度声がかけられた。


「すみません、下です。」
「え……。」

「これ、あなたのライターですよね。さっきポケットから落ちて、呼んだんですけど聞こえてなさそうだったのでコートを掴みました。不躾にすみません。」


一息に言い切ったのは、背の低い女の子だった。

耀の愛用しているジッポ(彼女曰くライター)をこちらに差し出し、軽く息を上げている。
黒髪をポニーテールにまとめ、パーカーにジーンズという出で立ちは先ほどまで一緒にいた好きだった彼女とは似ても似つかない。


なのに、耀の胸の高鳴りといったら、先ほどまでの比ではないほどである。


では、と足早に立ち去ろうとする彼女の手を咄嗟に掴み、耀は半ば叫ぶように告げた。


「すげぇタイプなんですけど、良かったらジッポのお礼にメシでもおごりましょうか!」





「えっと……ロリコンなんですか?」





真っ赤なランドセルに付けた防犯ブザーに手をかけながら少女は言う。


大塚耀、21歳、現役大学生。


好きになった女の子は、ランドセルを背負った小3女児であった。


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