わたしのいちばんすきなひと



 見る目がないよね、とは友人の歩実の言だ。





「ましろ、なんで倉田なの? しょーじきましろだったら倉田じゃなくてさ、それこそ別の人でもいいじゃん」



「なんでそゆこと言うのよぉ……」





 悲しい気持ちになる。どうしてみんな、私の好きな人のことをそんなに悪しざまに言うんだろう?

 ぶすくれていたら教室の前扉が勢いよく開いた。震えた歩実の肩越しにひょっこりと、人のよさそうな顔がのぞく。





「あれぇ、渡嘉敷さんも松井さんもまだ教室にいたの? もうそろそろ暗くなるから、早く帰んなさいよぉ」



「倉田せんせぇ!」





 ぱっと顔が輝くのが自分でもわかる。ついでに目の前の歩実がゲエッと嫌そうな声を出したのも聞こえた。失礼な話だ。でも先生はその声が聞こえていなかったのか、よいせよいせと声を上げながら私たちのほうに近寄ってくる。



 倉田瑞穂先生。私たちのクラスの副担任で、英語を教えてくれている女の先生だ。この間の誕生日で二十五歳になって、アラサーの仲間入りだーってはにかんで笑ったのがすごく可愛かった。背なんかクラスの子たちと比べても(もちろん私と比べても!)小さくてぽちゃっとしてるから、遠目に見ると何かのキャラクターみたいだってみんな言う。キャラクターみたいだっていうのは私も同意するけど、他の子たちがそれを小馬鹿にしたように笑う理由はよく分からない。美意識の相違って結構根深い問題だと思う。



 ぽてぽてっと私たちに近づいてきた倉田先生は「何の話してたのぉ?」と聞いてくる。なんでもないでーす、とごまかそうとする歩実を押しやって「好きな人の話です!」と声を上げた。倉田先生は大きな目をさらに大きく見開いてぱちぱちとまばたきをしたあと、ふにゃりと笑った。





「おぉー、若者の話題だ」



「やだ、倉田せんせぇも私たちとそんなに変わらないじゃないですか!」



「ははぁ、八つも年下なのに渡嘉敷さんはもう私よりもお世辞の使い方が上手だねぇ」





 わはは、と倉田先生はわざとらしく声を上げて笑う。お世辞じゃないのに、と呟いたけどそれは気にならなかったらしい。冗談めかしているくせに年齢のことが気になってしまうところなんか本当にかわいい。でもこの人は子供のことが好きだから、なんのかんのと話題に入れそうなら話しかけてきてしまうのだ。そういうところも好き。



 見る目がない、と歩実が小さく呟く。その脇腹をばれないように、しかし怒りが伝わるように強めに肘で突く。ヴゥ、とおよそ人間離れした声を上げて歩実は黙った。それはさすがに聞こえたようで、倉田先生は「松井さん大丈夫? 体調がよくないのかなぁ」と心配そうな顔をした。





「いや、大丈夫です」



「そう? 松井さんは結構頑張りすぎるきらいがあるから、本当にしんどくなる一歩手前で周りの人を頼るようにしてね」





 うらやましい! 倉田先生の悪口を言って小突かれただけのくせに、倉田先生に心配されてあまつさえ褒められて! ふじょーりです、理不尽ですよ倉田先生! と目線で訴えてみたら、倉田先生と目が合った。





「ああ、松井さんには渡嘉敷さんがいるからね。困ったときに頼れる友達がいるってのは本当にいいものだねぇ」





 うっとりと倉田先生が笑う。ああ、笑った顔も可愛いじゃなくて。私と歩実の間にあるであろう友情を想像して噛み締めて一人でうっとりしちゃってる先生も可愛いんだけど、できれば私を単体で褒めてほしかった。もしかしてじらされてるんだろうか?





「いや、まあ、友達だと思ってるか怪しいですけどね」





 歩実の言葉に今度こそ肘鉄を叩きこむ。ギャヒ! と珍妙な悲鳴を上げる友人と、追い打ちをかけようとする私を見て倉田先生はけらけら声を上げて笑った。それから急に静かになって私たちをじっと見た後、いつもとは違う低くてゆっくりした声で言った。





「仲良きことは美しきかな、だよ。好きな人の話で盛り上がるのもいいけど、友人と人目を気にせずじゃれあえるのは若者の特権だからねぇ」





 ぎょっとした私たちに気づいたのか、倉田先生はいつも通りの雰囲気に戻って時計を指さした。最終下校時間手前。今から走れば最終バスには間に合うだろう。私は慌てて荷物をまとめて立ち上がる。歩実はすでに荷物をまとめ終わっていたらしく、ばたばたする私を眺めていた。





「さー、急いだ、急いだ。言ってるうちにバスが出ちゃうよぉ」





 倉田先生の声にせかされて教室から飛び出す。律儀にろうかまで出てきて「さよぉならぁ」と声をかけてくれる倉田先生のほうを振り向いて、今日一番の大声で叫んだ。





「倉田せんせぇ、今日も一番好きです!」





 はあい、ありがとぉ。





 いつも通りの声で倉田先生が笑って手を振ってくれる。それだけで胸がいっぱいになって、嬉しくて、スキップしてしまいそうになりながら下駄箱まで続く階段を下った。





「まじでましろは見る目ないよ」





 面白くなさそうに歩実が言う。なんでそんなに何回も言うのよ、と怒って言ったけど無視された。ちぇっ! 私が誰のこと好きでもいいじゃん。



 それと比べて倉田先生、今日も優しくてかわいかったな。明日は歩実じゃなくて私のことを見て褒めてくれたらいいな。こんなに毎日好き好き言ってるからか、倉田先生は歩実のことは褒めても私のことだけを褒めてくれることってないんだよね。あんなに悪口言ってるのに、なんで歩実だけ褒められるんだろ……とは思うけど、なんだか負けた気がして癪だから考えるのはやめにした。



 私の頭の中はそれからすぐに、明日すべきアプローチ方法に移行した。視界の端で不服そうにしている友人のことは、残念ながらきれいさっぱり私の頭から消えてしまったのだった。







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