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争いの予兆

「シセロ、悪いがお前に相談がある」

シセロがアドルフォファミリーのカポ、マリオにそのような文言で呼び出されたのはつい2時間ほど前のことである。
彼女はすぐさま身支度を整えるとカポが住む本家へと急ぐ。
30を回ったあたりで「シセロには結婚するつもりがない」という意思がようやく通じたのか、ファミリーで彼女を女性として扱う人間はほとんどいなくなった。
しかし、33歳になった今でもシセロという女は恐ろしいほど美しい。

カポデチーナとして島に君臨する彼女を知らないものはいないし、彼女がきてから島の治安が良くなったと喜ぶ声すらある。

「呼び出しですか」

彼女が伝言を受け取った時、一緒にいたラファエレは不審そうな様子でそう言った。
最近妙に呼び出しが多いというのは彼も感じ取っているのだろう、「今度は何をしたんですか?」などといいつつ、その目が笑っていない。
立ち上がり、コートをゆるくまとったシセロはふぅわりと笑ってみせる。

「敵対ファミリーに風穴空けたからお説教じゃないか?」
「前もそう言っていましたね?」
「アー、じゃあマザーがアップルパイを焼いたんだろう」
「それの何が相談なんですか」
「じゃあきっと、僕の縁談のことだ」
「シセロさん!」

悲鳴じみた声でラファエレがシセロを呼ぶ。
ここ数日繰り返された問答、しかしシセロはラファエレが聞いたことに答えるつもりは毛頭ない。
オッサンもそんな声出すんだな、と笑うのみである。

「心配すんなよ、本当にやべー内容ならオッサンにもちゃんと伝えるからさ」
「……」
「おーおー、怖ぇ顔!神に仕えるやつがそんな顔してていいのかよ」

くすくす、笑ってシセロは教会を出て行こうとする。
入口の扉に手をかけたあたりで「あ」と言って振り返り、声をかけた。

「茶、御馳走様」

そうして両手で静かに扉を開けるとシセロの姿はその場から即座に見えなくなる。
呼び止めることもせず、ぼんやりとそれを見ていたラファエレはため息と一緒に。

「……貴方は昔から、嘘をつくときに仮面じみた下手な笑い方をする」

そんな嫌事を、ぽつり。



「遅くなりました、カポ」
「ああ、いやすまんなあシセロ。また今日も彼の所だったんだろう」
「……私用を優先するような忠誠ではありませんから」

「お前は相も変わらずワシの前では硬いな!」と豪快に笑ったこの男がアドルフォファミリーのカポ、マリオである。
恰幅のいい中年の男に見えるが、南イタリアでは名の知れたマフィアのボス。
そのマリオに対して軽々しく口をきくのはシセロの育て親であるヴィノくらいのものである。

「……「前の件」でな」

言いづらそうに口を開いたマリオにシセロはああ、と頷く。
前の件、というのは即ち。

「やはり戦争になりますね」
「ウム……第二次世界大戦は確実に起こる」

イタリアの政府にいるカポの知人から、直々に通達があったのだ。

―― 一年以内に連合国と交戦になる可能性が高い。その時いの一番に狙われるのは、南イタリアだ。

混乱を防ぐためまだ大々的には取り扱われていない話題。
しかし、国内の空気は完全に戦争ムードである。良くも悪くも。

「この島が戦火に巻き込まれるのはほぼ確定事項だろう」

マリオは苦々しげに言う。
マリオがこの島をどれだけ愛おしく思っているか、シセロは知っているつもりだ。
19の年から14年、この島のカポデチーナとしてやってきた。
マリオがアジトを置くこの島を、マリオの近くで見てきた。
マフィアではあるが、それでも島の統治者としてこの島を故郷と思い、愛してきた。

そんな場所が、戦争に巻き込まれる。
家族が住むこの島が、めちゃくちゃにされてしまう。

「シセロ……ワシは、抗戦を考えている」

そんな状況を、「家族を愛せ」という誓いのあるアドルフォファミリーが、そのカポたるマリオが黙って見ているはずがなかった。
シセロは目を伏せ、小さく「はっ」と返事をする。

「しかし……ファミリーの構成員については、各々の判断に任せてやろうとも思う」
「……戦うもよし、逃げるも又よし……と?」
「ウム」

なるほど、確かにマリオなら考えるだろう。
家族で戦うと言っても、もちろんその家族には自分を軸とする家族がある場合もあって。
その時にどちらを選んだとて、その思いを尊重できないような状況では、「家族を愛す」とは言えまい。

「僕はその意見に異を唱えることはありません」
「ファミリー一丸となって戦わなくても良い、と?」
「ファミリーの団結はもちろん大切ですが、ファミリーの一員が愛した女や成した子を守るのもまたファミリーとしての在り方かと」

シセロの言葉にマリオの顔がふっと緩む。
まぎれもなく本心だ。
あんなにシセロを慕っていたバンビちゃんことエルモは3年前に結婚し、一昨年には子供ができた。
19の自分を信じてついてきてくれた部下たちもまた、めいめいに家族を作り、時に妻の尻にひかれながら、時に大黒柱となりながら、そうして生きている。
家族を愛するならその家族まで愛したい。
それはシセロの思いの原点でもある。

「……ウム、ならばこの内容をファミリーに。先方にも情報提供の礼と、抗戦の意志を伝えねばなるまいな」

マリオはどことなく軽やかな口調でシセロにそう言う。
それに目礼を返し、部屋をあとにしようとしたところでマリオは「シセロ」と呼んだ。

「は」
「お前は、逃げなさい」

瞬間、空気が凍る。
シセロは何を言っているんだ、と言わんばかりの目を彼に向けたが、マリオはただ微笑んでいるだけである。

「恐れながら、カポに申し上げます」

震える声で、そう言う。

「僕は――アドルフォに拾われて、アドルフォで育ちました。護る家族は、このアドルフォだけです」

にこやかに笑むマリオに、必死の形相で言う。

「カポは、カポは僕に家族を守るなと、そうおっしゃるのですか!」
「いいや」

いいや、シセロ、それは違う。
ゆっくりと穏やかに、マリオは笑う。
ああ、マザーと同じ笑みだ。ぼやけた思考の中でそう思う。

「お前の守るべき家族は神父、ラファエレ・モンタニャーニではないのか?」
「……恐れながらあの男とは」
「……そうか」

笑みを崩さぬままマリオは首をゆっくりと振った。

「そうであるなら、よい」
「無礼をお許しください、カポ」
「いや、かまわんよ。さあ、下がりなさい。呼び出して悪かったな」
「失礼いたします」

今度こそ完璧な笑みでシセロは部屋を後にする。
残されたマリオはゆっくりと葉巻に火をつけて吸い、フゥッと煙を吐く。

「ヴィノ、ウーゴ、ルネッタ、ワシではどうも力不足だったらしい」

シセロを逃がしてほしい、そう言ってきた3人を思い出す。
シセロの幸福を願う気持ちは分からないことは無い。
しかし、シセロのあの決意もまた、マリオからすれば分からないものではないのだ。
マフィアの一員として、何より一家の長として、あそこまで言ってもらえてうれしいという気持ちがどうしても出てきてしまう。

「人の幸福とは、難しいものであるな」

しずかに、ただただしずかに言葉を落とす。
葉巻の煙だけが、ゆらゆらと揺れていた。





争いの予兆





日常は崩れかけてから初めてその価値を見せるので御座います。
それがいかに尊いものかを知ることの、なんと難しきこと。










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