CTY | ナノ
近くて遠い

シセロ・ガッティは最近変わったな、と誰もが言う。
「彼」が「彼女」だということがアドルフォファミリーに知れ渡ったのは3か月ほど前のことだ。
中性的な顔立ちからもしかして、という噂はあったが、実際にそうだと明言されるとまた感じ方も違うらしい。
女みたいだなという嘲笑は女のくせに、という本心からのやっかみに変わる。

それを黙らせたのもまたシセロ本人だった。

「女みたい?女のくせに?」

淡くルージュを引いた薄い唇が蠱惑的に弧を描く。
異性なら――いや同性であってもドギマギしてしまうような美貌を惜しげもなく晒した彼女は。

「そんな僕に負けてるんだから、才能ないんじゃねーの?」

その美しい声色で弾丸のような言葉を吐いた。

殺気立った男たちにシセロは再びにこり、と笑む。
その笑いはとある男を知っていればその姿とかぶったに違いない、少々の胡散臭さを孕みながらも人好きのするようなもの。
空気が一瞬まろく揺らぐ。殺気が霧散していく。
それを感じたのだろう、シセロはふん、と満足げに鼻を鳴らした。

「この見た目ってだけで鼻の下伸ばしてんなら美人局にはせいぜい気を付けるんだな、糞童貞どもが」

またかぁ……とため息をつくウーゴの隣で少年が「あのぅ」と声を上げる。

「その、ウーゴさん」
「ん?なんだい、エルモ」
「ここのカポデチーナは女性なんすね。いえ、俺もここ以外知らないのでこれが普通だって言われたらそれまでなんすけど」

エルモという名のこの少年は今年の頭に拾われてきたソルダーティである。
別段特技があるわけではないこの少年はカポデチーナの中でくるくるとたらいまわしにされ、最終的にシセロの「めんどくせえから僕の所で引き取る」という言葉によってこの島に配属された。
引き取った後に「じゃ、ウーゴ任せた」と丸投げをしたので割を食ったのはウーゴのみなのだが。

「いいや、エルモの考えは普通だよ。一般的なマフィアは女性を構成員に置かない」

けれどそれを覆すのがシセロ・ガッティであり、それを容認するのがアドルフォファミリーである。
幼少期から男として過ごしマフィアであることを信条としていたシセロの姿勢が買われたということもあるが、やはり一番はその突出した重火器のセンス。
「彼女を離すな」という文言が内密に出るほどには重宝されているのだ。

「へえ……じゃあきっと、うちのカポデチーナはすごいんすね」

きらきらと目を輝かせるエルモにウーゴは苦笑しか返せない。
この光景もすごいといえばすごいのだろうが、目の前で男どもを翻弄している姿から本来の実力を測るのは至難の技だろう。
この島を手中に収めた立役者が彼女だと知ったら、それこそ驚いて目を回すかもしれない。

「ウーゴ」
「なんだい」

ことん、ことん。軽やかなヒールの音と共に美しすぎるカポデチーナが近づいてくる。
彼女はエルモの隣に立つウーゴに話しかけに来ただけなのだが、それでも一瞬、彼女の絹糸のような銀髪から放たれる甘やかな香りに脳髄が揺れた気がした。

「午後から出る。あと頼んだ」
「いいよ。今日はどこまで?非番だよね」
「……いつもんとこ」

口の中だけでもごもごと何事かを呟いたシセロは、そこでようやくウーゴの隣のエルモに気が付いたらしい。
あ、という顔をして彼を見やる。

「お前がエルモだな」
「えっ、あっ、ウッス!そっす、自分がエルモっす!」
「さわがしくてすまねえな。最近こんなナリにしたもんだから野郎がうるさくてよ」

なるほど、近くで見れば見るほど美しい女である。
いっそ作り物であると言われたほうが納得できるほど整った目鼻立ちと、無駄のないすらりとした体つき。
そこから飛び出る言葉はどう聞いても男の口調なのだが、それが容姿と相まって倒錯的な美しさを醸し出している。

「いえ!そんなことはねえっす!」
「そーかよ。はりきんのもいいが、抜くときゃ抜けや。ウーゴ、見張っててやれよ」
「言われなくても」

軽い口調でウーゴとやり取りをしたシセロは一瞬何事かを考え、そうして。

「じゃーな、バンビーノ(新米さん)」

ぽんぽんと、その小さな手でエルモの頭を撫でた。
そのまま呆然とする2人を残し、お気に入りのコートを羽織って美貌のカポデチーナはアジトを後にする。

「ウーゴさん」
「なんだいエルモ」
「……自分、ファミリーネームなかったんすけど、今日からエルモ・バンビーノって名乗ることにするっす……」
「ああ、うん……それもまあいいんじゃないかな」
「カポデチーナ……シセロさん……素敵っす……」
「……エルモ、よかったらお前にも午後休をあげるからシセロをつけてごらん。お前の幻想を殺すことになると思うけど……」

ウーゴのため息交じりの言葉もエルモの耳には届かない。
うっとりと自分の頭に触れては「カポデチーナ……」と呟くだけになったエルモに頭を抱えるしかないウーゴである。



時刻はそれから小一時間。
エルモ・バンビーノはとある教会の前にいた。
彼の数メートル先、白銀の長髪を揺らめかせたシセロは手慣れた手つき……もとい足つきで教会の扉を蹴り開ける。
ばぁん、という大きな音が響いて鳥が数羽、あわてたように飛び去って行った。

「オッサーン、いるかー」

そうして、慣れた様子で教会の中に声をかけると彼女の姿はするりと扉の向こうに入って行ってしまう。
慌てて追いかけようかと思ったが、突然入ったら怪しまれるかと思ってとっさに建物の陰に走りこみ、そうして中の様子をうかがった。

「ああ、また来たんですか、シセロさん」
「なんだよ、カポデチーナが忙しい中縫って会いに来てんだぞ?もっと喜んでいいんじゃねえの」
「ワー光栄デスネー」
「てっめぇ」

そこにいる女性はエルモの知らないひとだった。
相手の言葉に全身全霊で応じ、くるくると目まぐるしく表情を変えるその女性は、エルモの知っているカポデチーナ・シセロではなかった。
そこにいたのはただのシセロという女性だった。
そして、彼女の隣にあたりまえのようにいる男。
エルモは彼がラファエレ・モンタニャーニだと知っている。
この島に唯一いる神父で、シセロだけでなくファミリーの誰かしらと友好関係がある人物で、こいつに手を出そうものならファミリーからのキツイ「オシオキ」があると噂の人物。

「あぁ……」

認識したら、思わず喉の奥から声が漏れた。

シセロ・ガッティは最近変わったな、と誰もがいう。
しかし同時にウーゴからは絶対変わらない部分もあるよな、とも言われていた。

――あいつ、今も昔も神父様が大好きだからなあ。

あんなにも男をあしらうのが上手な彼女が、どの男にもどの縁談にも靡かない彼女が、抗争となるといの一番に飛び出していく彼女が、他のファミリーから「銀狼」と謳われる彼女が。
唯一にしたいと願った男が、彼なのか。

「お前はそんなところで何してんだ、バンビーノ」
「ひえええ!?」
「ひええじゃねえよ、なに仰天してんだ。お前のヘタクソな尾行がわかんねえほど僕はぼけた覚えはないぞ」

突然頭上から降ってきた声に仰天すれば、我らがカポデチーナは悪戯が成功した子供のような顔で笑っていた。
そのうしろ、きょとんとした顔の神父、ラファエレの姿も見える。

「なーにいっちょ前に僕のことつけてきてんだ、アァ?」
「ヒエッ……」

にこやかに笑んでいるシセロの後ろ、エルモにはジャポネーゼの文化にあるアシュラゾーが見える気がした。

「シセロさん、彼も何か用事があったのかもしれませんよ」

混乱するエルモに助け舟を出したのはラファエレ。
神父らしい柔らかな声色にエルモは息を吐き、そうして安堵する。
ラファエレの言葉を聞いたシセロは「うん?うーん……まあそういうこともあるか」と意外過ぎるほどあっさり納得した。
「ビビらせて悪かったな」と柔らかに笑んで彼女はエルモから一歩距離を置く。

「どうした、ウーゴから伝言か?」
「い、いえ……カポデチーナが外出されるとのことだったので……ご、護衛に」
「護衛ィ!?」

おや、あなたも偉くなったんですねえなんて呑気なラファエレの声が掻き消えるほどの笑い声が聞こえたのはその直後だった。

「おっ、お前、いっちょ前に僕の心配してたのか!ファミリーに入りたてのバンビちゃんが!」
「こら、シセロさん」
「僕を!ほかでもない僕を!!あーっはっはっは!あっはっはっはっヴォエッ」
「笑いすぎて噎せてるじゃないですか、あなた」
「いやオッサンだって肩震えてんじゃねえか!!」

その言葉にエルモがラファエレに目をやれば、たしかに彼の口の端は不自然にぴくぴくと痙攣しているし、肩はその動きと連動するように細かに震えている。
彼を見慣れていなくても、この顔が笑いをこらえているときのものだと分かる。
エルモはかっと血が上った頬を隠すように手で自分の顔を覆う。

「な、なんでっすか!カポデチーナが俺のボスなら、ボスを心配するのは普通じゃないんすか!」
「あーっはっはっは!いや、お前の考えは間違ってねえ!けど……けど、あっはっは!そうか、僕に護衛!」

げらげらと笑い続けたシセロは疲れたのか一度大きく息を吐く。
それからエルモに向き直り、そうして。

「あんまり僕をお前の中にある「女」と同列だと思わないでくれよ」

どことなく困ったような顔で、それでいてどこか楽しそうに笑った。

「僕の下に就くなら覚えておくといい。僕は普通の女みたいに男に媚びる方法を知らないし、普通の女みたいに男に守ってもらうような存在でもない。男と体のつくりが違うだけのごく一般的なマフィアだよ」
「顔だけは綺麗なので誤解してしまうんでしょうね」
「オッサンは黙ってろよ早急にな」
「で……でも、俺、カポデチーナに」
「くどいぞ、バンビーノ?」

器用に片目を閉じて、シセロの唇が弧を描く。
少女が好むような色のルージュをひかれたその唇は大人びたその動作が加わっていっそ扇情的、くらりとする。

「お前、僕がこういう顔をしているのに自分に向けられる好意の種類が分からないほど鈍感でいられると思ってんのか?」
「すっ……すいません!」
「はは、謝んなよ!若ぇからな、仕方ねえや」

からりと気持ちよく笑ったシセロはラファエレのほうに視線を戻す。

「というわけでな、僕がこいつとなんかあったらオッサンの所で挙式するとするか」
「はあ、そうですか」
「なんでえ、つれないリアクションだな」

ラファエレのどうでもよさそうなリアクションにめげることもなく、シセロは「さて」と軽く声を上げる。
きょとんとしたエルモにもう一度視線を向けて。

「オッサンの淹れてくれる茶はうめぇからな。せっかく来たんだ、お前もちょっと飲んでけよ」
「はあ……勝手に決めてるんですから、もう」

疲れたような口調で言いながらもラファエレは笑う。
いいですよ、どうぞ。そう呟いて室内に入るよう促した彼に安心し、エルモはその誘いに乗る。

「……彼を消したらあなたどういう顔します?」

うきうきと進んでいくエルモに聞こえるか聞こえないかの声でラファエレが言う。
それを聞いたシセロは一瞬「うへぇ」という顔をしたが、この男なら別段不思議な発言でもないと思い直し「やめてくれよ」と返す。

「おや珍しい。あなたも「大人」になって、随分部下の扱いがうまくなったと思っていたのですが」
「べつに並みの部下なら好きにしろって答えるさ」

不思議な顔をしたラファエレに先行くぞ、と言い残してシセロはエルモの近くに行く。
「カポデチーナの隣を歩けるなんて恐縮っす!」という彼をちらと横目で見た。

赤茶の髪色に、ややたれ目がちな紫の瞳。

「似てるから可愛いんだろうなァ……」

呟いた言葉の意味をエルモが、ラファエレが、理解することはない。
シセロだけがうっそりと微笑むのみである。







近くて遠い





彼に似ているという理由だけで愛でられていることに気付かないなんて、なんということでしょうか!








prev next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -