03
私の家は海沿いの、町から外れた場所にある。
最低限の家具と生活用品。それと弱った男。
自分の家に人がいるなんて、と違和感を覚えた。ずっと一人で住んでいる家。なかなか町の人はこちらには来ない。
そのお陰で今は生活できているのだけれど。
「じゃあ私少し出掛けてきます」
そう言うと彼は首を縦に傾けた。
「行ってきます」
そんな言葉を言うのも初めてに等しいような感覚で、何だか嬉しく感じながら家を出た。
ざざん、と穏やかに波音が耳に入る。
町は家から歩いて二十分程。生活必需品を求めて私は慣れた林道を歩いた。
私は町に近付くと一旦足を止めて町の様子を伺った。今は静かだから大丈夫だろう、と裏側からいつも通う商店がある場所へ向かった。
「おばさん、今大丈夫?」
「ああ、イヴちゃんかい。今は奴等は来てないよ。大丈夫。イヴちゃんが言ってた物は揃えておいたから持って行きな」
私はひとまずほっと胸を撫で下ろし、商店のおばさんが指差した袋を持った。
「ありがとう。けど今日は魚がなくて……」
私はお金をほとんど持っていない。なのでいつもは釣った魚と交換で食料などを貰っている。
「いいよ、また今度で」
商店のおばさんは笑顔でそう言った。お言葉に甘えて、とその言葉に返した。
「ちなみになんだけど、男物の洋服とかないかな?」
「男物の服?何でまた」
おばさんは不思議そうに首をかしげた。
「いや、ちょっとね……」
「そうだねえ、今度用意しておくよ」
「じゃあお願いします、あと食料もう少し多目に。今度は沢山魚持って行きますので」
「あいよ」
あまりここに長居するといけないのでおばさんにじゃあ、と言い残して早々に袋を担いでその場を去った。
また林道を歩いて、来た道を戻った。帰り道は何故かあの彼が気になって仕方なかった。弱ってたから倒れてたり、もしかしたら死んだりしてないかな、とか。
「ただいま」
この台詞ももう何年ぶりなんだろうか。そんな事を考えながら暖炉の方を見た。彼は家を出た時と同じ場所に座っていた。私は謎の安心感を得ながらドアの近くに袋を置いて彼に近付いた。おかえり、がないのは少し寂しく感じたけれど、まあこの家の人でもないんだしそりゃそうか、と一人で飲み込んだ。
「服、乾いた?」
「……大分」
「そっか。食料貰ってきたからまた何か作るね。さっきのじゃ足りなかったでしょ」
彼は微かに頷いた。私は今度はパエリアでも作ろうと貰ってきた食料を漁った。
「それにしてもその手錠はそんなに効力があるものなの?ずっとしてたら死んだり、はしないよね?」
私はおどおどした声で言った。
「……死にはしねェ」
「外す方法は……やっぱり鍵だよねえ」
「……そうだな」
彼をちらりと見ると私に背中を向けてまだ暖炉の火を見つめていた。
「まあそれは後で考えるとして、私もお腹空いたから早く作っちゃうね」
私はお米を袋から出した後、キッチンへと置いた。
「横になりたいならベッド使ってね」
「……大丈夫だ」
「そう。家に人が居て静かなのも何だから私の話聞いてくれる?適当に聞いてくれれば良いから」
「……ああ」
私は調理の手を止めずに話し始めた。
「あのね、私の町は海賊の領地になってるの。もう半年前くらいかな。けど、私の家は町から離れてるお陰で、まだその海賊たちに見つからずに済んでるの。町の人たちの協力もあってね。町の人たちは無茶苦茶にお金を取られたりしてるみたいで、大変なの」
「……それで、よく海賊を助ける気になったな」
お互いに背を向けているせいで彼がどんな顔をしているのか分からない。
「昔から世話好きとかお節介とか言われるの、私」
「……そうか」
「何だかあなたはあの海賊とは違う気がするの。何でかは分からないけど」
「……そうか」
お米と切った具材を鍋に入れると調味をして火をつけた。後は炊けるのを待つだけ。
洗える物は先に洗っておいて、私はそれが終わるとグラスに水を注いで暖炉へと向かった。
彼の前にグラスを置くと、彼はすぐにその水を飲み干した。
「ごめんね、喉乾いてたの気付かなくて。まだ要る?」
「……いや、もう良い」
「何かして欲しい事があったら言ってね」
私は笑顔で言った。
こんな形とは言え、家に来客があるなんて、嬉しい気もして。
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