04



日が沈む頃になると、私は小さなランタンを灯した。
部屋から明かりが漏れない様、見つからない様に。
彼は依然として暖炉の前に座っている。私は暖炉の隣にあるベッドに腰を下ろした。


「ねえ、ロー、で良いのかな」

「ああ、何だ」

「どうにかして手錠を解く方法はないのかな」

「鍵を使わない限りは無理だろうな」


彼は無表情のまま言った。


「そっか……さっきと同じ質問してごめんね」


私ははた、と思い付いて家を出た。肌寒い風が通り抜けた。私は海岸に落ちた大きめの石を手に持って家に戻った。
そして彼の元へ。彼の手錠のチェーンの部分を石で削ろうと石を持った手を伸ばした。


「そんなもんでどうするつもりだ」

「せめてチェーンの部分でも削って取れないかと思って。両手が使えれば少しは楽でしょう?」

「それは無理だ。これは世界一硬い鉱石で出来ているんだ」

「やってみて損はないでしょう」

「やれるもんならやるがいい」


彼は渋々とチェーンを引っ張るように手を差し出した。
私は石でガリガリと削り始めた。


「おそらく傷一つ付かねェよ」

「けど、弱ってる人を見たら居ても立っても居られないの。力はないけど頑張ってみるから」


ガリガリ、ガリガリと同じ箇所を削っていく。彼の言った通り傷も付かない。けれど、何度も何度も繰り返せば、どうにかなるかもしれない。
その後も夜になるまで夢中で削った。


「ねえ、ほら少し傷が!」


銀色の海楼石のチェーンの部分にはほんの少しだけ削られた跡が残った。


「……その位じゃどうにもならねェ」

「どうにかするのよ!」


私は更に力を込めてその作業を続けた。
一時間、二時間と夜が更けていく。
削り傷はほんの少しずつではあるけれど、深くなっていた。


「……お前」


突然彼が私に声を掛けた。


「手、傷付いてるじゃねェか」


夢中で気がつかなかったけれど彼に言われて右手を見れば小さく切り傷の様な物が付いていた。


「もうやめとけ」

「嫌よ、もう少し、もう少しだけ」

「見ず知らずの海賊にそこまでやる必要はねェよ」

「嫌。やるったらやるの」


ガリガリ、ガリガリともはや虚しくもなる音が響き続いた。
それでも錠のチェーンは少ししか傷が入っていない。


「やっぱり無理なのかな……」


私は眉尻を下げて石をごろんと床に置いた。


「……お前、手を見てみろ」


彼に言われてまた手を見ると小さな傷跡が数ヵ所にあった。動作をやめてから、じんじんと痛み始めてきた。


「大丈夫、このくらい」

「もう諦めてくれねェか」

「……ごめんね、何の力にもなれなくて」

「良い」


彼は手錠のはめられた手で私の手を包んだ。
触れられた事の無いようなごつごつのした手に私はどきっとした。


「……すまねェな」


彼は少し悲しそうな目をしていた。私もそれを見ると同じような気持ちになった。


「気にしないで」


彼の手からは優しさが伝わってきて、私の知る海賊とは無縁の感情を抱いた。


「今夜はもう寝よう。私のベッドで良いなら使って」

「いや、おれは床で十分だ」


彼はそう言うと床にごろんと寝転がった。


「駄目、客人なんだからベッドで寝てください」


私は彼を起き上がらせるとベッドへ促した。彼は少し申し訳なさそうな顔をして私のベッドへ寝転がった。


「私はソファーに寝るから。これからどうするかは明日から決めよう」


私はランタンを消してソファーにもたれ掛かる様に座った。


「おやすみなさい」


彼からの返事はなかった。私は疲労感のままに目を閉じるとすぐに眠りについた。




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