▽ Asking me (ロー、ペンギン、シャチ)
とある繁華街の夜、ステーキハウスから出て来る小柄な女と、白熊の姿があった。
「んー!美味しかったねぇベポ!」
「うん!」
「ローさんたちも一緒にって思ったけど用事があるって断られちゃったんだよね」
「そっかあ」
「けど付き合ってくれてありがとね!」
「べポー」とイヴが背伸びをしてベポの頭を撫でると、ベポは頭を低くして気持ち良さそうに笑った。
「それにしても良く食べるね。おれと変わらないくらい食べたんじゃない?」
「流石にそれはないよー。それにしてもここは美味しいもの一杯で良かったなあ」
「そうだねぇ。今日出港しちゃうの寂しいね」
「んー、確かに!」
イヴが渋い顔で言って、また船へ向かって歩き出した。
「あ、ねぇキャプテン達が居るよ!」
暫く歩いた所でベポが遠くを指差さした。その先には白い繋ぎの男が二人、大きな刀を持った男が一人、背中を向けて歩いていた。
「ほんとだ!」
イヴは半ば無意識に、好きな男三人の元へ走った。
「おーい!」と手を上げて声をかけた時だった。それぞれ三人の男の前に、女性の姿があった。皆イヴの見たことのない、大人の女性という印象だった。
イヴの声は男三人の耳に入らず、立ち止まることなく進んでいく。イヴは行く手を阻む人混みを「すいません、すいません」と押し退けて走った。
イヴの追いかけた人物たちは薄暗いけれど大きくて立派な建物へ入ろうとした。
「待って!」
イヴは六人に追い付くと、精一杯の声で呼び止めた。扉を開こうとしたシャチの手が止まり、男三人が振り返った。
「イヴ……」
三人が同時に驚きと困惑の表情をして言った。
息を切らした様子のイヴが、胸に手を当てている。
「なぁに?お仲間さん?」
一緒に居た髪の長い、色気のある女がイヴを見て言った。イヴは、目の前にある建物が何なのか分からない程子どもではなかった。
「あ、ああ……」
「こんな可愛らしいお仲間さんがいるのね」
「まあ行きましょうよ、船長さん」
ローの傍に居た髪の短い女がローの手を取り、建物に入るよう促した。
もう一人の一際背の高い女がふふっと笑ってイヴの傍に寄った。
イヴは驚きとも悲しみともつかない顔をしていた。
「ごめんなさい、女性のお仲間さんは入れないの。これからこの人たちと、良い事、するのぉ」
背の高い女はイヴの肩をぽんっと叩いてまたふふっと笑った。イヴが胸に置いた手に力を込めると、繋ぎにぐしゃっと皺が寄った。
「ローさん、ペンギン、シャチ……」
三人の名前を呼ぶイヴの声は震えていて、その瞳からぽろっと大粒の涙が落ちた。
ローが掴まれていた手を振り払ってイヴの元に歩み寄った。ペンギン、シャチも何の迷いもなくそれに続いた。
「イヴ、あー、これはだな」
「シャチ、変な言い訳をするな」
しどろもどろとするシャチに、ペンギンが首を横に振って被せた。
下唇を噛んでぽろぽろと涙を溢すイヴの頭をローが優しく撫でた。
「止めだな、帰るぞ」
「っすねー」と言ってペンギン、シャチが繋ぎのポケットから札束を出し、店の前に放り投げた。
「待ってよー、イヴ。食べた後なのに良く走れるね……あれ、何で泣いてるの?」
「お、ちょうど良かった。ベポ、このお姉さんたちの相手してやって」
遅れてやってきたベポにシャチが女三人を親指で指して言った。
女たちは「はあ!?」と納得いかない表情で掌を腰に当てた。
「どういう事なの!?」
「いや、まあ、そういう事だから。金もやるしこいつが相手してくれるから。じゃあな」
「おれ、メスのクマが良い……」
「じゃあ頼むな」
ペンギンがベポの背中をどんと押して手を振った。
女達がキーキーと文句を言っているのももう三人の耳には入っていなかった。
ローがぐすぐすと泣き続けているイヴの肩を抱いて船へと戻った。
――――――――
「ごめんなさい」
船長室に四人が入ると、目を赤くして鼻をずるずると啜るイヴがロー、ペンギン、シャチの前で頭を下げた。
「取り乱して本当にごめんなさい。止める権利なんてなかったのに」
「別に謝らねぇでも」
シャチが手を顔の前で振った。
「でも、でも……!やっぱり嫌だったの……」
再びイヴが涙を滲ませた。
「分かってる、分かってる……、我儘言ってること分かってるけど、心臓が潰されそうなくらい痛くて……」
「もう泣くな。おれも辛くなる」
そう言ってペンギンがイヴの涙を掬った。
「ごめん……」
「良いって」
シャチがイヴの髪をくしゃっと乱すと、イヴが大きく鼻を啜った。
「……シャチ、ペンギン、ローさん」
イヴがぐしっと手首で涙を拭って、決意した様に拳を胸の前で作った。
「私じゃ、駄目ですか」
イヴの言葉に、男たちは三者三様に驚きの顔を見せた。
「は!?」と戸惑うシャチ。
「本気かイヴ」と目を丸くするペンギン。
ローは何も言わず一瞬だけ眉を上げてまた元の表情に戻った。
「色気も経験もないけど……」
「そういう問題じゃないだろ」
シャチが自分の胸を触るイヴに突っ込みを入れた。
「言ってる意味分かってるか?」
「うん。三人の相手をするってこと。あ、いっぺんには無理だよ!」
「船長、どう思います?」
ペンギンが後ろにいるローに訊ねた。
「……それが、お前が一番傷付かない方法か?」
ローがイヴに言うと、イヴは小さく頷いた。
「じゃあそれで良いんじゃねェか」
ローはそう言うと後ろのロングソファーに腰掛けた。
「但しこいつらとおれ以外とは駄目だ」
「それはもちろん」
「ペンギン、おれは頭が追い付かない」
「おれも若干」
ペンギン、シャチが頭を抱えて事態の整理を始めた。
「私の身体は一つしかないけど、がんばります。その……したくなったら言ってください」
「イヴ、えっと、経験はないんだよな」
ペンギンが問いかけると、イヴが恥ずかしそうに首を縦に動かした。
「う、うん。あ、でもこの前シャ」
「おおおいイヴ」
慌ててシャチがイヴの口を掌で塞いだ。
「あれは違うだろ」
「待てシャチ、聞き捨てならんな、どういう事だ」
「いや、何もねぇ」
「シャチ、詳しい事は後で聞く。とりあえずお前ら出てけ。イヴは今からおれに抱かれるんだ」
ローがしっしっ、とペンギン、シャチを手で追い払う仕草をした。
「えっ、えっ」
イヴは混乱した様子で視線を左右させた。
「ま、待ってください。私」
シャチの袖を掴んでイヴが続けた。
「はじめては、シャチが良い、です。一番気楽で居られるから……」
「……!ほんとか、イヴ……!」
イヴの言葉にシャチが涙を流して喜んだ。
「イヴの選んだ相手だから何も文句は言えねぇが、この敗北感はどうしましょうかね、船長」
「……チッ、腹上死しろ」
ローが嫌味を言うのも聞かずシャチはイヴの手を取って歓喜していた。
「すぐじゃなくて良いからな!?また日を改めて、な!」
「うん、ありがと。ごめんなさい、ローさん、早速希望に応えられなくて……」
ローがソファーから立ち上がると、つかつかと足早にイヴへ近寄った。
イヴの前で立ち止まり間を置かずに、ローはイヴの唇を奪った。
「……っ!」
「これは貰っておく」
あまりに突然の出来事にイヴはきょとんと呆けた顔になった。
しかしすぐにイヴは目を細めて笑った。
「はい。はじめてのキスはローさんに」
ローは虚ろに笑みを浮かべて、イヴの顎を持ってもう一度キスをした。
他の二人は驚きで固まったままだった。
「じゃあ自分の部屋に戻りますね」
イヴは軽く会釈をして船長室から出ていった。
残された男三人は、とんでもない事になったな、と目で会話した。
「さあ、おれらも出港準備!」
「待てシャチ。さっきの説明がまだだ」
「早く出港準備!」
「シャチ」
「……この前イヴに口でしてもらいました」
「はあ!?」
「いや、おれから頼んだわけじゃねぇからな!?キスもしてなかったからな!?」
「……やっぱりお前腹上死しろ」
「船長ひでぇ」
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