▽ gray zone(シャチ・裏)
イヴはシャチから借りた本を返そうと、大部屋へ向かった。
船員が寝泊まりをする大部屋は、ベッドが一定の間隔で並び、その一つ一つがカーテンで仕切られていて、さながら病室のような作りをしていた。
イヴはその部屋に入ると、一番奥のベッドを目指して歩き始めた。夕時で皆出払っているようで、人は見当たらなかった。唯一、奥の向かって左手だけ、カーテンが閉じられていた。
そこはシャチのスペースだった。
「シャチ、いる?」
寝ているのかもしれない、とイヴは小さく声を掛けたが、返事はなかった。
シャチのベッドへあと数歩の所で「…………イヴ…………」と微かに名前を呼ぶ声がした。イヴは立ち止まって辺りを見回すが、やはり誰の姿もなかった。
気のせいか、と再び歩き始めた。奥にたどり着くとシャチのベッドを遮るカーテンに手を掛け、シャッと開いた。
「シャチー…………っ!?」
その光景を見たイヴは驚かずにはいられなかった。
丸くした目の中には、シャチがベッドに座って己を慰めている姿が映し出されていた。
「……っ、イヴ!?」
虚を衝かれたシャチは、石のように固まった。
イヴは咄嗟にカーテンを勢い良く閉じた。
「ご、ごめん!あの、その」
狼狽したイヴが言葉を詰まらせた。
「い、いや、お、おれの方こそ、その」
一層狼狽えているシャチが慌てて下げていた下着と繋ぎを上げた。
「か、借りてたの、返そうと思って」
「そ、そうか、もう開けても大丈夫だ」
顔を赤くしたイヴがおそるおそるカーテンを開くと、上はTシャツで、繋ぎを腰まで上げたシャチが居た。いつものサングラスはベッドの脇に置いてあり、色気のある垂れ目があらわになっていた。
「はい、これ」
「おお、ありがとな」
平静を装ってはいるが、まだシャチの息遣いには荒さが残っていた。
イヴは持って来た本をシャチに手渡した。
「……シャチ……私の名前呼んでた?」
イヴの言葉にシャチはぎくっと肩を大きく揺らした。思わずイヴから受け取った本を手から離してしまった。
「き、気のせいだろ……」
シャチはいそいそと落とした本を拾って、ベッド横に備え付けたサイドテーブルに置いた。
「そっか…………」
些か残念な気持ちがしたイヴは言葉が続かず、二人の間に沈黙が流れた。
「…………すいません、呼んでました……」
その沈黙に耐えかねたシャチが観念したように頭を下げた。
「そう……そっか…………。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや、おれの方こそごめんな」
「ねぇ、シャチ」
「ん?どうした?」
「…………私が……シても良い……?さっきの……」
顔を赤くしたままのイヴが目を伏して濁しながら言った。
シャチが驚きに目を見開いた。
「は!?どういう事か分かってんのか!?」
「うん、さっき、シャチが自分でシてたの、手伝えないかなって……」
「待て、落ち着け。そりゃあシてくれたら死ぬほど嬉しいけどよ」
「……良いよ……口、でいいかな……?」
シャチは目を瞑って男三人で交わした同盟の約束を思い出した。自らが提案した約束。
『一線越えるの禁止!』
「まあ、口だけならセーフなのか……?いやでもキスすらしたことねぇのに……」
シャチはぼそぼそと呟いて腕を組みうーん、と唸った。
「だめ、かな?」
恥ずかしそうに顔を赤らめて首を傾げるイヴを目にしたシャチは、心の中で理性というストッパーが外れる音がした。
「お願いします」
シャチは開いた膝に手を付き、深々と頭を下げた。
「……私、こういう事したことないから、下手だろうけど」
「は、初めてがおれで良いのか……」
「うん、シャチが、良い」
「そ、それはつまりおれを」
「私ね、シャチもペンギンもローさんも好きなの。同じくらい。よろこんで貰えるならいろんな事してあげたいって思うんだ」
「ああ……そういうことか……」
「だけど、もしするなら初めてはシャチが良いなって思ってたの。一番安心できるから」
「おれは今、おれがおれで良かったと本気で思ってるぜ……」
イヴがシャチの開いた股の間で膝を付くと、シャチは意を決して繋ぎと下着を脱ぎ捨てた。
イヴは初めて目にする大人の男の部分に、鼓動が速くなるのを感じながら、まだ柔らかく下を向いているその部分にゆっくりと手を伸ばした。
「どうしたら良いのか分からないから……痛かったりしたら教えてね」
「お、おう」
イヴは根元をそっと掴むと、先端を口に含んだ。
たどたどしく舌を動かし先端を刺激するとみるみるうちに大きくなっていった。
「おっきくなった……」
イヴは一旦口を離し、すっかりそそり勃ったそれを興味ありげに見つめた。
「へぇ……こんなに大きくなるものなんだねぇ」
「すまん、なんかすまん……」
イヴが今度は口いっぱいにくわえると、ゆっくりと繰り返し上下させた。
「んっ……イヴ……」
イヴがその動きを続けながらシャチに目線をやると、イヴと目を合わせたシャチは興奮に目を細めながらも愛しそうな眼差しをしていた。
「すげぇかわいい……イヴ…………っ」
シャチは不慣れに愛撫するイヴの姿に、今までにない悦びを感じた。
「はぁっ……イヴ……っ、イヴ……っ」
「んんっ……ごほっごほっ」
イヴが喉元まで深く含もうとすると、初めての感覚に噎せ返ってしまった。
「大丈夫か?そんな無理するんじゃねぇぞ」
「ごほっ……難しいね。でも、気持ち良くなって欲しいから……」
「無理しねぇでも十分気持ち良いから。イヴにして貰えてるってだけで既にイきそうなのによ……」
「ほんと?」
「ああ、だからゆっくりで良い」
シャチは腰元で微笑むイヴの髪をふわふわと撫でると、再びイヴはシャチのものを口で刺激し始めた。その愛撫が繰り返される程に、シャチの息遣いは荒くなっていった。
「あ、イヴ、イきそうだ……っ」
絶頂を感じたシャチがそう言うと、イヴは驚いた様子でぱっと顔を離した。
「うぅ……っ!」
イヴがそうした直後、びくんびくんと波打ち、シャチの欲が放たれイヴの頬を汚した。
「わっ、びっくりした」
「はぁっ……、あ、ごめんな!」
言いながらシャチが、一人で処理した時の為用意していたペーパーでイヴに掛けてしまった液体を拭き上げた。
「へへ……」
イヴが拭き上げた頬に触れると、照れ臭そうに笑った。
「ああ、イヴを汚してしまった……」
シャチは頭を抱え幾許かの罪悪感に苛まれながらも、その口元は優越感に緩んでいた。
「シャチ、ご褒美欲しいな」
イヴはにこにこしながら両手を広げた。シャチはそれに応えてイヴをいつもより強く抱き締めた。
「ありがとな」
「ふふ、好きだよシャチ」
「ナチュラルに魔性だな……惚れた弱みだぜ……」
「ん?何か言った?」
「いや、独り言だ」
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