Short series | ナノ


▽ A"B"C(ペンギン・微裏)

朝、陽が登りちらほらと船員達が食堂に集まって行く。イヴが部屋を出る為扉を引くと、食堂へと向かうペンギンが通りかかった。


「おはよう!」


イヴが朝一とは思えない明るい笑顔でペンギンに朝の挨拶をした。


ペンギンは一旦ぴたりと足を止めて目線を横にやった。イヴまで目線をやらずに床と壁の境目を見ながら「おはよう」と短く返すとまた歩を進め始めた。
いつも挨拶をすると「おはよう、イヴ」と言って優しく笑いかけてくれるのに。
イヴは一抹の違和感を感じながら扉を閉め、もう遠くに見えるペンギンの背中に着いて行った。





「ペンギン、ご飯一緒に食べても良い?」


朝食のおにぎりの乗った皿を持ったイヴが既に食事を始めているペンギンに声を掛けた。


「ああ、うん」


今度もペンギンはイヴと目を合わさずに返事をした。
コトンと皿を置きイヴが席に着くと、「いただきます」と手を合わせた。いつもの大口でなくちびちびとおにぎりを口にしながらペンギンにちらりと目線をやった。
ペンギンはまっすぐ前を見て黙々と食べ続けている。


「ペンギン、中身何だった?」

「梅」

「あ、私も」

「そうか」

「……元気?」

「ああ、変わりない」

「…………」


いつもと違って会話が続かない。イヴは先程の違和感が大きくなっていくのを感じながら一つめのおにぎりを完食した。


「おっす!イヴ、ペンギン!」


イヴが二つ目を手にした時、シャチが挨拶をしながらイヴの前に元気良く座った。


「おはよー!シャチ」


イヴはにこにこと挨拶を返したが、ペンギンはシャチに「おはよう」と素っ気なく返事をしてすっと立ち上がり、空の皿を持って去っていった。


「何かペンギンの様子が変」

「そうなのか?」

「喋ってくれないし目も合わせてくれないし。何かわざと目を合わせてくれないような感じ……」


イヴがうーん、と小首を傾げた。


「昨日の今日だし照れてるんじゃねぇか」


『三人の相手をするってこと。したい時は言ってください』
昨夜のイヴの台詞を思い出してにやけたシャチが言った。


「そんな感じでもないような……」

「体調悪いとか?」

「んーん、元気って言ってた」

「じゃあイヴがまたつまみ食い」

「してない!」

イヴが「……昨日は」とぼそりと付け加えた。

「まあ気にすんなって!すぐ戻るさ」


シャチがあー、と大きく口を開けておにぎりを食べ始めた。


「大方昨日興奮して寝付けなかったとかそんなんじゃないか?」

「ペンギンが?」

「ちなみにおれは興奮して寝付けなかった」

「もう、やめてよ」


イヴが仄かに顔を紅く染めた。


「それにしては元気だね」

「徹夜明けの変なテンションってやつだな」

「あ、それは分かるかも。でも気になるな……ああは言ったけどやっぱり嫌だったとか……」

「あーもしかしたらあいつ……」


親指に付いた米粒を口で取りながらシャチがぼそりと言った。


「何?」

「や、何でも」

「そっか。じゃあ私行くね。ごちそうさまでした」


イヴが手を合わせて席を立つと、「おー」とシャチが手を振ってイヴが皿を返却して食堂から出るまで見送った。


それからイヴは何度かペンギンと会い話し掛けるが、ぶっきらぼうに返されるだけで、会話にならないまま夕方を迎えた。

いつものように測量室でコーヒーを飲みながらソファーで寛ぐペンギンの前に、頬を膨らませて眉を寄せるイヴが居た。


「どうして!?」

「何が」

「何で今日はそんなに素っ気ないの!?私何かした!?」

「……別に」

「教えてよ、このまま嫌われるなんてやだよ……」


イヴの吊っていた眉尻が急激に垂れ下がり、瞳の色が悲しみに変わった。


「な、泣くな。嫌う訳ないだろ」

「本当?」

「あーもう、わかったよ」


ペンギンがサイドテーブルに飲みかけのコーヒーをコトンと置くと、目の前で中腰になっているイヴの両肩を掴んだ。


「おれはお前がすきだ、イヴ」

「えっ、う、うん」


はっきり言葉にされるのは初めてで、突然の告白にイヴは涙をぴたっと止めた。


「そしてイヴ、イヴも特別に想ってくれてる。船長やシャチは置いておいて、だ」

「う、うん。すきだよ」

「でも船長には初めてのキスを捧げて、シャチには身体の初めてを捧げる」


頬をピンクに染めたイヴがこくこくと小さく頷いた。
ペンギンはそこから言葉に詰まったようで、「うー」とか「あー」とか低く唸りながら俯いた。


「……えっとつまり……拗ねてる?」

「……そういう事だ」


ペンギンは俯いてそう言ったまま顔を上げようとしなかった。


「ごめんね……」

「良いんだ……」

「申し訳ないとは思うけど、今ペンギンの事可愛いって思ったよ」

「嬉しくねぇ……」

「はじめて、かあ」


イヴは思考を巡らせるように宙を見た。そしてあまり間を置かずにペンギンに向き直った。


「ねぇペンギン」


名前を呼ばれたペンギンがおもむろに顔を上げた。


「まだはじめての事、残ってるよ」

「え?」

「大人のキスって言えば良いのかな?まだした事なくて……」


イヴが唇を人差し指でなぞると、ペンギンがはっとした表情になった。


「良かったら、このはじめて貰ってくれないかな……?」

「イヴ……!」

「あんまり特別なはじめてじゃないかもしれないけど……」

「おれが貰って良いのか……」


イヴが「もちろん」と言ってはにかむと、ペンギンが今にも泣きそうな顔で喜んだ。


「ちょっと待ってな」


ペンギンはそう言うと席を立って測量室入り口扉の鍵を閉め、同じソファーの中央に座った。


「おいで」


そう言ってペンギンは右の太股をぽんぽんと叩いた。
イヴはペンギンが誘う通りに右の太股を跨いで馬乗りになった。
ペンギンは帽子を脱いでイヴの背中に両手を回した。帽子を目深に被っているせいで普段はあまり覗かせないペンギンの狐のような目と黒い髪が夕日に照らされた。
イヴはペンギンの首に腕を絡めて、その男らしい顔つきと距離を縮めた。脈拍が徐々に早く、大きくなって行く。


「ペンギンってある意味ローさんより緊張するんだよね」

「どうしてだ?」

「分かんない。掴めないから、かな」

「そうか?」

「うん、何となくだけど」

「おれの心は掴んでるから安心して良い」

「そう言う事じゃないような」

「まあそう言うことにしておこうぜ」


ふふ、と笑い合うと、ペンギンの唇がイヴの唇に軽く触れた。


「目、瞑って」


イヴが目を閉じると、ペンギンがもう一度口付けた。
イヴがそのままどうしたら良いのか分からないで居ると、ペンギンが斜めに顔を傾けて微かに口を開いた。イヴもそれに応じて口を開けた。
ペンギンがイヴの口内にゆっくりと自分の舌を侵入させると、舌先同士を触れ合わせた。ペンギンはそのイヴの舌に絡み付けるように自分の舌を伸ばした。
ペンギンにリードされるがまま、イヴの口内で唾液と舌が絡み合った。


「ん……っ、はぁ……っ」


ペンギンが一度キスを止めて顔を離した。色っぽく目を細めるイヴがどうしようもなく愛しい、と感じた。


「イヴが嫌って言うまで続けて良いか?」

「嫌って言わなかったら?」

「ずっと止めない」


ペンギンから再び深いキスを始めた。イヴは必死で受け入れる事しか出来なかったが、ペンギンが「それでいい、落ち着いて」と言いたげにイヴの口の中を優しく侵した。


「ん……っ、ふ……っ」



二度、三度と角度を変えて繰り返される優しくて甘いキスに、緊張で強張っていたイヴの肩から徐々に力が抜けていった。


「んんっ……」


イヴから時折漏れる女らしい声に、ペンギンはこのまま身体に触れて襲ってしまいたい衝動を懸命に抑えた。


「はぁっ、はぁっ……」


暫くそれを続けて唇を離したとき、息を荒げていたのは、理性の働く限界までキスを続けたペンギンだった。


「大丈夫……?」

「だ、大丈夫だ。けど、ここまでが我慢の限界みてぇだ……ずっと止めねぇって言ってたのに情けねぇな……」

「我慢?」

「いてぇ……」

「あ、痛かった!?重いもんね私!」


ずっと太腿に体重を乗せていたイヴがぱっと退いた。


「違う……」

「じゃあ……あ、」



自然とイヴの視線がそこへ向いた。
繋ぎの上からでも分かる程そこは膨張していて、傘を張っていた。


「……出せば、治る?」

「いや、大丈夫だ。すぐ落ち着く」

「そっか。ちょっと安心した」


イヴがほっと胸を撫で下ろした様子で言った。


「私もまだまだ下手だからさ。もししてくれって言われてもペンギンはちょっと敷居が高いって言うか……」

「敷居って……」

「自信をつけて戻ってきます」

「お、おう、おれも敷居を低くして待ってるぜ……」

「ありがとう、ペンギン。もう機嫌悪くしないでね?」

「ああ、ごめんな」


ペンギンはそう言って肩に寄り添ってきたイヴの頭を撫でた。

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