Short series | ナノ


▽ Special 3 m(ロー)

イヴは決められた見張り場所で一人、体育座りでぼんやりと夜の穏やかな海を眺めていた。見張りは最上部にある部屋の屋根にあたる場所で行うことになっている。
今夜は不寝番。まだ日付を越したばかりだというのに、夜食にと持ってきた五つのおにぎりは既にイヴの胃袋の中だった。
夜まで寝ていたお陰で、まだ眠気はない。けれど、退屈に苦悶しそうになっていた。

そんな時に何気なく考えてしまうのは、ハートの海賊団の仲間の事。
イヴは船長、トラファルガー・ローの姿を思い描いた。先日遭遇した海軍船を、一人で瞬く間に返り討ちにしている姿を思い出した。青白いサークルを作り出し指一本で大きな船を逆さにし、愛刀鬼哭で一閃、真っ二つにしていた。
あの時は凄く格好良かったし、その強さに圧倒された。けれど昨晩、食事を摂っていた時、唇の端に付いたご飯粒を「ローさんがご飯粒付けてるなんて珍しいですね」と言いながらそれを取った時、少しだけれど照れ臭そうな表情をしていて、可愛い一面が垣間見られて何だかドキッとしてしまったなあ、と考えているうち、イヴの顔が自然と綻んだ。

恋かと言われれば違うような、仲間として好きかと言われればそれとも違うような。
イヴがそんな気持ちになるのはローだけではなかった。
ペンギン、シャチと話したりそれぞれ二人の事を
考える時も、同じ感情を持つ。

ペンギン。船長の右腕に相応しく頭の切れる男で、みんなのまとめ役である彼を思い描いた。海軍や他の海賊との闘いの時、的確に船員へ指示を出している姿は、まさに船長の右腕である彼しか出来ない事だ、と尊敬の眼差しを送っていた。
意外な一面を目撃したのは、ペンギンが初めて深酒をしていた時。ふらふらになりながら自室へ帰ろうとするペンギンをイヴが介抱していると、それまで見たことのない緩んだ顔で「ありがとうなあ、イヴ」とイヴの頬にキスをした。イヴがその事を思い出すと、当時のように顔を赤らめた。


シャチ。ハートのムードメーカーである彼は、いつも陽気に笑っていて、イヴにとって一緒にいて一番気楽で居られる相手だった。イヴの頭に浮かんだシャチは無邪気に甲板で遊んでいた。イヴはシャチと共に掃除をサボって遊んで、一緒にペンギンに叱られ、正座して謝った事を思い出した。
そんなひょうきんな彼だが、医療分野の知識はクルーの誰よりも深い。気が向いたからと医学を教えるその真剣な横顔に、思わず見とれてしまった事が思い出されて、イヴはまた、心臓が掴まされた気分になった。


明日はローさんと、ペンギンと、シャチと、何をしようか。わくわくした気分で水平線を見始めた時だった。

甲板から見張り場所へ上ってきた梯子が、軋む音がした。イヴは咄嗟に置いていた愛刀を手にした。臨戦態勢になって音の主を待ち構えていると、見慣れた黒い無造作な髪型の頭が見えた。


「ローさん」


イヴの前に現れたのは、ジーンズに上半身は素肌に黒のパーカーを羽織っただけの姿をしたローだった。
イヴは刀を置き、先程と同じ体勢で座った。


「どうしたんですか?こんな遅くに」

「いや、特に用はねェが」


ローは至極当然のようにイヴの隣に腰を下ろすと、胡座をかいた。


「眠れないんですか?」

「まあ、そんなところか」


ローはイヴの顔を見に来た、と素直に言うのをやめて、誤魔化した。


「ねえ、ローさん」


遠い海を眺めるイヴの可愛らしい横顔に目線を固定されたローが、「何だ」と応えた。


「人を好きになったことは、ありますか?」

「……何とも言えねェな」

「そうですかあ」


イヴはうーん、と一度唸った。


「……好きって、一人のひとが気になって気になってしょうがなくなるものなんですか?その人を想うとどきどきしたり、心臓がきゅってなったり」

「そうとも限らねェんじゃねェか」

「そうなんですか、私にはよく分からないなあ……」


イヴが「例えば」と続けてローの肩に頭を乗せると、間を置かずにローがイヴの柔らかな髪に触れた。

「こうやってローさんに髪を撫でられると、どきどきします」


イヴは今までの経験から、身を寄せるとローが頭を撫でてくれる、という事を分かっていた。


「……そうか」

「でも、ペンギンやシャチにこうされても、同じくらいどきどきします」


ローがイヴに気付かれないよう小さく舌打ちをした。


「……そうか」

「これって何なんですかねえ」

「皆好きって事なんじゃねェか」

「でもそれって恋じゃないですよね」


ローが眉を寄せて、数秒思考を巡らせた。


「……まあ、お前はそれで良いと思うが」

「……みんな、すき。それで良いのかなあ」

「それで良い」

「船長さんが言うなら、それで良いんですね」

「あいつらでも同じ事言うだろう」

「贅沢な悩みですね。あ、もちろん他のクルーの人たちも好きですよ、三人が特別なだけで」


"特別"と言われることは嬉しいが、三人か。
複雑な顔をしたローとは対照的にすっきりとした笑顔を見せるイヴ。二人の目線が合うと、ローはイヴの白い頬に唇を触れさせた。







「イヴの事、大事におもってる。おれも、あいつらもな」

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