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「このままここに住んでも良いの?」
「もちろんよ」
にこにこ顔のイヴの母が頷いた。
「ローくん、改めて宜しくね。イヴとお腹の赤ちゃんの事は任せて」
イヴの母はローに右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
ローははっきりそう言うとイヴの母と握手を交わした。
「イヴの事悲しませたりなんかしたらあなたを殴りに行くからね」
先程までのにこにこ顔とは違う真剣な目でイヴの母は言った。握手された手の力が強くなるのをローは感じた。
「……善処し……ます」
ローは微かにたじろぎながらそう言った。
 ̄ ̄ ̄ ̄
「……もう行ってしまうのね」
「ああ」
イヴとローの二人は玄関の庭先にいた。空は夕暮れに染まりかけていた。
「うちの母はどうだった?」
「恐い人だな」
「恐かったの?」
「ああ」
「何で?」
「威圧感。覇気でも使えるのか」
「そんな訳ないじゃない。でも確かに怒ると恐いわ」
「そんな気はするな」
「……しばらくお別れだけれど不思議と寂しいと思わないの」
「おれもだ」
「ローとの子が居るんだって思ったら幸せで仕方ないの」
「……たまには電伝虫で連絡する」
「たまには?」
「……毎日か?」
「いや、毎日じゃなくても良いんだけれど」
「じゃあそこそこで」
「そこそこ……ね」
「無事に生まれてくることを祈ってる。医者のおれでも出産の事になると祈るしかできねェ」
「ありがとう。私も元気に生まれてくる様頑張るわ。ねえ、ロー、名前考えてて」
「名前なあ…………考えておく」
ローは顎髭を擦りながら言った。
「それじゃあね。お腹が大きくなったらまた来て」
「ああ、勿論だ」
「無理はしないでね」
「お前もな」
「浮気もしないでね」
「お前もな」
「私はしないわよ」
「おれもする訳ねェだろ」
二人はふふっと笑い合った。
イヴがローの身体に手を回すとローはそれに応えるように抱き締めた。
「それじゃあまたね」
「ああ」
二人は軽くキスを交わし、ローは踵を返した。
ローの姿を見送ると、イヴも軽い足取りで家へ戻った。
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