*68
二人は立派な正門の前にいた。
イヴがちらりと横を見ると、いつもと変わらないようできょろきょろと目を動かして落ち着かないようだった。
「ローも緊張するのね」
ふふ、と笑うとイヴはローは軽くげんこつを喰らわせた。
「うるせェ」
キィ、とイヴが正門を開けると、まるで建物を彩るように綺麗に花が咲き揃っていた。二人は玄関に近付くと、イヴは何のためらいもなしに重そうな玄関を開けた。
「母上ー」
とイヴは玄関を開けると同時に大きく呼んだ。
「はいはーい、その声はイヴね」
パタパタと綺羅びやかな内装からスリッパの音を出しながらイヴの母が二人の前に現れた。
イヴの母は、どこかイヴに似てはいるが、優しくおっとりとした印象だった。
「ロー君ね、はじめまして、イヴの母です」
イヴの一歩後ろにいるローに近付きながら言った。
ローは帽子を取って小さく頭を下げた。
「話は聞いてるのね、恋人のロー」
「知ってるわよ、お父さんに何度も話を聞かされたわ。さ、中へどうぞ」
イヴの母はリビングへと二人を案内した。
「そこのソファーに座って待ってて。紅茶とコーヒーどちらが好み?」
「私は紅茶」
「コーヒー」
言われた向かい合う大きなソファーに二人は座ると、イヴの母がカチャカチャと音を立てて三人分の飲み物を、向かい合うソファーの間にあるテーブルに置いた。
イヴは紅茶、ローはコーヒーはブラックのまま口をつけた。
イヴの母はいそいそとテーブルの中心にバタークッキーをとん、と置いた。
「ありものだけど許してね」
「ねえ、母上、父上から何を聞いたの?」
先に質問したのはイヴだった。
「んー、何だか取り乱した感じで、イヴが、イヴがって言うから落ち着かせて、何かと思ったら海賊と恋人になった、って青ざめた顔をしてたわ」
「ふふっ、面白いでしょ」
「ええ、とっても興味深いわ」
「私やっぱりお母さんならそう言ってくれると思ってたの!」
「イヴが自分にナイフを立てたのを聞いたときはびっくりしたけど」
「ちょっと待て、そんな話きいてないぞ」
ローがソファーに座ってはじめて口を開いた。
「私なりにローと一緒に居れる方法を考えただけよ」
「二度とそんな真似するなよ」
「まあ、そんなこんなで今幸せな二人になってるのね、あ、ロー君」
「……はい」
「イヴの命を助けてくれてありがとう。この子の父親も言ったと思うけれど、一応私からも」
ローは無言で照れ臭そうに二、三度頷いた。
「イヴも海賊なのねえ、死なないでよね」
冗談めかしてイヴの母は言った。
「それはわからないけれど、まあローが居れば安心よ」
「必ずイヴの命を守ると約束します」
ローはいつものキャスケットを脱いではっきりそう言うと、イヴの母はおっとりした顔を変え驚いた表情を見せた。
「そう、頼もしいのね。そんな事をきちんと言えるなんて育ちが良いのかしら」
「あ、あのねお母さん」
イヴが狼狽した様子で言うと、今度は不思議な顔で首をかしげた。
「お腹にね、赤ちゃんがいるの」
「まあ、そうなの」
イヴは普段と同じ顔で返事をした。
「え、っと、びっくりとかないの?」
「んーあんまりないかな。わざわざ来たのもそういうことかなって予想はしてたし」
にこにこ笑って言うイヴの母にイヴはきょとんとした顔をした。
「無事に生まれると良いわね。でも、どうするの?このまま船に乗って出産って言うのも」
「それについては、可能であればイヴと胎児のためにもイヴをここに住ませたいと考えています」
「え?私はこのまま船で出産を迎えると思ってたんだけど」
「それは危険すぎる。胎児のためにもここに居るべきだ」
「勿論イヴをここに住まわせるのは大歓迎よ。ちゃんとイヴの部屋も綺麗にしてるからね」
「臨月に入ればおれもここに来るつもりだ」
「離ればなれ……赤ちゃんのためなら仕方ないよね」
イヴは決意したように笑って頷いてお腹を擦った。
「そ、それじゃあ、よろしくね、お母さん」
「イヴの身になにかあればすぐに連絡を」
ローはまた小さく頭を下げた。
「ええ、一緒に守りましょう、この子を」
「それと、言わなきゃいけないことがあって」
イヴがもじもじと指を交差させた。
「この子はDの血筋の子になるの。ローの本当の名前は、トラファルガー・D・ワーテル・ロー」
「うん、知ってたわ」
イヴとローが驚きの表情をみせた。
「何で知ってるの!?」
「さあ、なんででしょう」
イヴの母がくすっと笑った。
「あなたとトラファルガーくんの子、ただそれだけじゃない。何も気にすることないわ」
イヴの母はクッキーを手にとってさくさくと美味しそうに食べた。
「私も、きっとお父さんも大事に大事にするわ、安心して」
イヴの母は二人を心から安心させるように微笑んだ。
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