*03
処置室を出たペンギンは、食堂のキッチンでコーヒーを淹れて、測量室に入った。
一番この部屋を使うであろう航海士のベポよりもペンギンの方が良くここに居た。 ペンギンは測量室のインクや紙の匂いが好きで、ここに来れば何となく心が落ち着く感じがした。
ベポが書いたものを整理するのも、ここで寛ぐのもペンギンだけだった。
ベポが書いた海図を眺めながらコーヒーを啜る。
コーヒーがカップから無くなったと同時に足音が近付いてきて、測量室の扉が開く音がした。
「やはりここだったか。」
「船長。」
ローは部屋に入って来ると、机に背を向け体重を預けて、腕を組んだ。
「……あの患者、どうするんです。」
ペンギンが海図を棚に直してローに向き直る。
「結論から言えば、治るまでこの船に乗せる。」
「船長が決めたことであれば何であれ従いますが、また何故なんです。」
ローが一呼吸置いて口を開いた。
「……あの女が、海軍元帥の娘だからだ。」
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「隠そうと思ったけれど、あなた、頭切れそうだしいずれ分かることだろうし言うわ。私は一応、海軍の人間なの。」
イヴの言葉に、ローはさほど驚いた様子を見せなかった。
「……それだけじゃねェだろ。」
眉間に皺を寄せるロー。ローは、この女には重要な何かがあると感じていた。
「怖いわね。まあ、それ以外って言うと、海軍元帥の娘ってこと、かしら。」
ローは僅かに眉を上げたが「そうか」と返事するだけだった。イヴの方が驚いた表情を見せる。
「折角助けた人間が、海賊の敵のトップの娘よ、殺したくならない?」
目線を上げて、手の親指と人差し指で顎髭を数回撫でるとローは悪役のボスのような笑みを浮かべた。
「……いやァ、殺しはしねェさ。お前の階級は。」
「大佐よ、さっきも言ったけど、一応だから。今は、殆ど海軍の仕事をしてないわ。」
「何故だ。」
「……父の背を追って頑張ってきたんだけど、それより大事なことが出来てね。父親のことは好きだし父も私をそれなりに大事に思ってる筈。だから、誤魔化しながら、だけど。」
「そうか。……その怪我は誰にやられた。」
「海賊。一人で旅してたら襲われちゃって。」
「……お前は全快まで面倒見てやる。それまで大人しくこの船に乗ってるんだな。」
「……殺さないなら、名乗っておくわ、イヴよ。 恩を売られて見返りに何を求めるのかは知らないけど、船長さんがそう言うならよろしく頼むわね。どちらにせよ今の状態じゃ何も出来ないしね。」
ローはイヴに背を向け、軽く手を上げて処置室を後にした。
イヴが呼んでいた人物の事については、聞かなかった。
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「元帥……って、仏のセンゴク、ですか?」
ペンギンが驚いた顔を見せる。
「ああ。あいつ自身も海軍大佐のようだ。」
「……そうか、成程。」
ペンギンは納得したようにひとつ頷くと、ローがフッと笑う。
「ペンギンは頭の回転が早くて助かる。」
「船長は七武海入りを目指してる。つまり、七武海入りの材料にしようと」
「そうだ。当然前から言っている事も、先になるがやる。だが、材料は多い方が良い。大佐の命を救った海賊、海軍の犬らしくていいじゃねェか。 」
「上手くいきますかね。仏のセンゴクは私情なんて挟まない気がしますが」
「ならなきゃならねェで良い。それより、だ」
ローが再び悪役のボスのような笑みを作る。
「大事な娘の命を海賊に救われて、あの海軍元帥がどんな顔するのか見てみてェ。」
「……だろうと思いました。」
「あの時の妙な予感にも納得がいったな。」
「……前から思ってましたが船長の第六感、良く働きますよね」
ペンギンが諦めたように溜め息を吐くと、ローは「そう言うことだ、他のやつにも伝えとけ」と言い残して測量室を出た。
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