*04
「点滴、交換するな。」
イヴが目を覚ました次の日の朝、処置室を訪れたペンギンが、イヴに繋がれた点滴のバッグを慣れた手つきで交換する。
「ありがとう。あなた、夜中も交換しに来てくれてたでしょう?」
横になっているイヴが目線だけを真横にいるペンギンに向けた。
「当分の世話役を仰せつかったからな。ペンギンだ、よろしく。」
「イヴ。よろしくね。手間かけさせてごめんなさい。」
「いや、暫く雑用その他が免除になったからいい。それに、おれが中心ってだけで他の奴も来る。」
新しいバッグを点滴台に掛け、イヴの様子を見た。
「飯は食えそうか?」
「食欲はあるけど、手を動かせそうにないわ。」
イヴが包帯だらけの右腕を見て、指先を微かに動かした。
「詳しいことは後で船長から聞くといいが、だいぶやられてたな。腕、足、肋骨も何ヵ所か折れてる。動かせるようになるまではおれが食わせてやるから遠慮は要らねぇ、持ってくるから、待ってな。」
ペンギンが食堂に行くと食後のクルーたちで賑わっていて、ローがその賑わいの隅で新聞を広げていた。
挨拶はイヴの様子を見に行く前、クルーたちと食事を摂った時にしていたので、ペンギンは特に誰とも会話することなく、食事を持ってイヴの元へ戻った。
「身体、起こすぞ。」
ペンギンがイヴの背中に腕を差し込み、上半身を起き上がらせた。
「おばあちゃんにでもなった気分ね」
自虐的に笑うイヴ。
「はは、そうか。」
背中を支えながら少しずつ料理されたものを掬ったスプーンをイヴの口元へ持っていくと、イヴが口を開く。
「……おいしい」
「うちのコックはなかなか美味い飯を作るだろ。」
口の中に入れられた物を数回咀嚼して、飲み込めばまたペンギンが口の中へと食事を運ぶ。
「……良く食べるな。」
「食欲はあるって言ったじゃない。早く治したいしね。」
早いペースでそれを繰返すと、あっと言う間に完食し、一緒に持ってきた水も飲み干した。
「ごちそうさま、おいしかった。」
イヴが初めて嬉しそうに笑った。
「それは良かった。これなら、点滴の量も減らせそうだな」
イヴをゆっくりベッドに寝かせながら言う。
「後で包帯を換えに来る。ついでに身体拭くか?」
「お願いしたいけど、この船に女の人は居ないの?」
「残念ながら居ねぇ。オスの熊なら居るが。」
「……あなたにお願いしてもいい?」
「むさ苦しくてすまねぇな。じゃあまた後で。」
ペンギンが空の食器を乗せたトレイを持って部屋を出て行った後、イヴはまっすぐ天井を眺めた。
折角助かった命だ。早く治して、会いに行くんだ。
太陽みたいに笑うその顔を、灰色の天井に思い描けば、自然と笑みが零れた。
思い描いた顔も消え、動けない身体に退屈を感じ始めるとガチャリと部屋の扉が開いた。
現れたのはハートの海賊団の船長だった。
「具合はどうだ。」
「さっきご飯も食べたし、痛みも特に感じないわ。ただ、退屈ね。」
「そうか。お前の今の状態を説明しておく。」
寝たままのイヴが首を縦に動かした。
「左腕、左足それぞれ骨折、肋も3本いってる。右腕から手首に掛けてと右脇腹、右足に深ェ切り傷、細けェ傷と打撲は全身に数えきれねェ程ある。」
「我ながら良く生きてたわね。」
「死にかけだったがな。」
「治るのはどのくらいかかるの?」
「半年はかかるだろうな。」
「そう……」
ローの言葉にイヴは気が遠くなる思いがした。
「そんなにお世話になっていいの?」
「二言はねェよ。」
ローがイヴに背を向けて言う。
「ねぇ、退屈だから、話し相手になって貰えない?」
イヴは扉に向かって歩き始めたローを引き留めた。
「生憎、おれもそんなに暇じゃねェ。ペンギンにでも聞いて貰うんだな。」
「冷たいのね」というイヴの言葉も聞かずローは部屋を後にした。
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