04 やっべ。そう思ったときには足元を掬われていた。地面に組み伏せたお返しだと言わんばかりの力で胸元を突き飛ばされる。そのままコンクリートに叩きつけられた俺はめでたく人質となったわけだ。 あーあ、こんなにあっさりとやり返されるつもりじゃなかったのに。任務失敗。ギノさんにどやされる。 ……いやいや、俺は今何を考えた? 誰にどやされるって? これは俺の予想なんだが、たぶんこの世界にギノさんはいない。 気道を潰されて酸素の薄くなっていく脳で俺はぼんやりと考えた。 ギノさんだけじゃない。とっつぁんやクニっち、センセ。一係の皆が知らない世界だ。なぜって、ここはさっきまでいた地と違う空気の味がする。 今近くにいるのは若い女だ。朱ちゃんと同じ年齢くらいだろうか。彼女が手に持った鉄の塊は、俺が生きていた世界じゃとっくに廃れた時代の遺物みたいなもんだ。それを当たり前な顔で使ってる。血の気は失せてっけど。はは、やっぱあんたに人を撃つなんて無理だよ。 一通り暴れ終えた俺は少しだけ身体から力を抜いた。ちょっと疲れたな。頭がクラクラする。 ……今は西暦何年の世界だろう、なんつって。まさかな、そんな話あるわけねーか。 俺は苦し紛れに女のほうを見た。空気を揺るがす轟音が響き渡った。どうやら威嚇のために一発撃ったらしい。やるじゃん、と思ったけれど、目に見えて手が震えていたから鼻で笑った。 俺は俺の首を絞める手首をありったけの力で掴んだ。気を抜けば汗で滑りそうだ。指が肉に食い込むほど強く握った。 あいつ、あの女の、名前を知りたい。 どういうわけか俺はそう思った。 名前を呼んで、不恰好な拳銃の扱いを笑いたい。 「なあ、あんたさ……っ名前、何て言うの」 彼女の瞳が明らかに揺れ、戸惑っているのがわかった。 こんな時に何言ってんだ。そりゃそー思うよね。俺だって思うもん。 「だァから、名前! 知らないんじゃ喋りにくいだろ……ッぐ」 力に押し負けて更にぐいぐいと首が締まる。しね、ころす、と憎悪に満ちた単語が雨となって俺の顔に降ってくる。きったねー汗だな。つうか俺、お前に恨まれるほどの事はまだやっちゃいねえよ。ドミネーターがあったらこんな奴一発だろうに。明らかに犯罪係数100超えてんだろ、この瞳は。 女の震える声が、けれどどこか芯の見え隠れする音が、高々と俺の耳に届いた。 「すず! 花崎すず! あなたは?!」 「俺は……」 俺は? 俺は、死んだはずだ。 縢秀星はあの時殺されたのに。 どうして、こんなところでまた殺されかけなきゃいけねーんだ、クソが。 「……すずちゃん、さっさと撃ちなよ!」 「ええっ?! だってあなた……っ」 「いーから。言ったっしょ、動きを止めてやるって。それって今なんじゃね?」 足を可能な限り捻って男の図体を捕らえた。ちょうど腰のあたりを両足でがっちりホールドすると、一瞬だけ男に隙が生まれた。 その一瞬、逃して堪るか。 俺は男の首を手繰り寄せると、絞め技をかける要領で動きを封じた。 この技、コウちゃんと鍛錬するとよくお見舞いされていた。自分がタップしている光景を頭の中でリフレインする。コウちゃんとの鍛錬は本気でボロボロにされるまで続くからあんまりやりたくなくていつも適当に理由つけてあしらってたんだけど、こんなことになるならもっとちゃんと練習しておくんだった。うまく出来てるかは分かんねえけど、たぶん大丈夫っしょ。 逃れようともがく男に対して絶対に力は緩めない。俺はハハッと声に出して笑うと「ほら、早く!」とすずちゃんを催促した。 形勢逆転が叶って余裕の生まれた俺とは裏腹にすずちゃんは相変わらず顔色が悪い。今にも銃身を落としそうだ。 ……こんな時、コウちゃんだったらうまい言葉で相手を落ち着かせて、事を運べるんだろうか。 そんな、どうでもいいことが頭を過ぎった。 「すずちゃんっ!」 う、あ、と意味を成さない音がすずちゃんの口から零れ落ちる。 直後、重い衝撃が全身を突いた。 「うぉ……っ」 腕の中で男が脱力していく。右肩にじわじわと鮮血が滲んだ。 ほっと安堵して顔をあげる。 不安げに瞳を揺らすすずちゃんの後ろにスーツ姿の別の男が立っていることに気づいた。手はすずちゃんと同じ型の拳銃を持っている。 「制圧完了。花崎、無事か?」 どうやら犯人を撃ったのはすずちゃんではなくこっちのスーツ男らしい。 狼狽えるすずちゃんにフォローを入れながらも確実に犯人に手錠をかけたこの男に、俺は自分の目を疑いたくなるくらいには見覚えがあった。 俺が名前を呼ぶのと、すずちゃんの細い声が重なる。 「コ、コウちゃん?!」 「慎也くん、ごめん……」 無造作な黒髪、冷静な瞳、鍛えあげられた体躯。 コウちゃんの生き写しみたいな男は、不思議そうに俺とすずちゃんを交互に見た。 |