03 ちょっと待って! すずが制止の声をあげるより先に、助走をつけた青年の膝が犯人の横っ面にめり込んだ。ガハッと唾を散らした顔面にすかさず反対側からも蹴りが入り、男はなすすべもなく姿勢を崩した。傾いた後頭部を青年の手が容赦なく掴み、そのまま地面に叩きつける。 すずは驚きとともに息を飲んだ。何、この人。こーゆうのは慣れてる、なんて言ってたけど、一瞬で犯人をの動きを封じてるなんて。確かに一般人ではない。 目の前で繰り広げられた制圧劇を自分は眺めていることしかできなかった。 「ほら、はやく撃っちゃいなよ」 すずの心情など知る由もなくマイペースに話しかけてくる。青年が組み伏せた暴行犯は、蹴りの衝撃のせいか頭を強く打ちつけたのか、コンクリートの上に大人しく蹲っていた。 すずは壁際に突き飛ばされた女性のもとへ駆け寄った。痣だらけで全身が脱力しているが、致命傷と見られる傷は負っていない。 「13時11分、暴行の現行犯で逮捕します」 被害者の安全を確認して、歩きながら手錠を取り出した。片方を自分の手首にかけ、もう片方を男の手首に定める。青いアウターを羽織った青年がつまらなそうに口を尖らせるのが見えた。 せっかくお膳立てしてやったのに、なんで撃たねぇの。分かりやすい表情がそう文句を言っている。 「……きゃあっ!」 手元で獣が暴れ出した。手錠が指の間を滑り落ちる。視界が瞬く間に反転し、すずは後頭部をしたたかに打ちつけた。 何が起きたのか、一瞬わからなかった。 逆上した犯人が青年の手を振りほどくのが見えた。力尽くで引きずり倒し、もがく身体に馬乗りした。 首を絞めあげられ、青年の喉からは気道が潰された掠れた声が漏れた。 「離せよクソ野郎……ッ」 脱出を試みようと青年が足をばたつかせている。利き足を器用に使ってなんとか図体を蹴りあげようとするが、完全に頭に血がのぼった犯人はその行動を意に介することもない。力が緩むことはなく、青年は苦しそうに顔を歪めた。 「やめて!!」 すずは再度拳銃を構えた。頭を強打した拍子にくらりと目眩がしたけれど構っていられない。 手の中にある鉄の塊。それがどれほどの殺傷能力を秘めているのか、訓練でも学んだし、それ以前にも身を以て知っている。この拳銃は人を殺せる。発砲してしまえば銃弾に人間の意思は宿らない。直線上にいる人間を撃ち抜き、鮮血を散らし、肉片をぶちまける。 だけど、どんなに恐怖を感じていても、今この人を助けられなかったら自分は必ず後悔するだろう。 恐怖と使命感が一気に身体の奥へ流れ込んできた。呼吸が乱れ、唇がわななく。 「今すぐ彼を解放しなさい。撃つわよ」 犯人はこちらに見向きもしない。 血管の浮き出た腕が、ミシミシと音を立てるほどに青年の頸部を絞め上げる。 窒息なんかじゃない、このままじゃ首の骨が折られてしまう! 「これは警告よ! もう一度言うわ、彼を解放しなさい。じゃないと……っ」 銃口を窓の外へ向けた。引き金を引く。重い衝撃とともにけたたましい破裂音が鼓膜を揺さぶった。 「本当に、撃つから……!」 |