01 縢はビル街を歩いていた。 華やかな色をした看板が目に痛い。大半が飲食店のようで、あたりは猥雑な匂いが立ち込めている。 そのわりには人通りが少ない。おかしな通りだ。普通はもっと客が歩いているはずだし、店の層からしてキャッチなんかがいても良さそうなんだけど。縢は首を傾げた。歓楽地の人口密度への疑問もそうだが、そもそも、なぜ自分がここにいるのかわからなかった。 ノナタワー。それが、さっきまで自分がいた場所の名前だ。 なんだかんだあってデコンポーザーで撃たれて俺は死んだ。死んだ、はずなんだが。なんでまだ地に足をつけて立ってるんだ? 縢は自分の胸元に視線を落とした。青いアウターは日頃の仕事着にしていたお気に入りのヤツ。黒いシャツもネクタイも健在だ。デコンポーザーのせいで一度消滅したとは思えないくらい、汚れなんてない。強いて言うなら数日前にほつれた袖の鈕がそのままである。 次に両手のひらを閉じて開いてみた。しっかりと感覚がある。触覚、嗅覚、視覚、聴覚は完全に機能している。味覚はまだわかんねえけど。死んだはずなのに明瞭なんて、なんだか不気味な気分だなァ。 直後、慌ただしい足音が近づいてきた。 ここへきてようやく察知した人の気配に縢は足を止める。どうやら背後数十メートルから聞こえるようだが、複雑なビル街をどんな理由があって猛ダッシュしているのやら。 小気味のいい足音が次第に大きくなる。縢が振り返るより先に、何者かが縢の腕を掴んだ。 「あなた、何でここにいるの?」 小柄な女が立っていた。不審の色を強く宿した瞳で縢を見上げている。 「何でって、知らねえよ。んなもん俺のほうが聞きたいし」 「この近辺は今立ち入り禁止で……危ないから絶対ここから動いちゃ駄目だよ!」 子供を説得するような仕草をすると、女は足音に似合う忙しない動作でビル街の奥へと駆けて行く。 縢はまたしても一人取り残された。 何だあの女。ここから動いちゃ駄目、なんて言われてもここがどこだか知らねえし。こちとら気づいたらここにいたんだっつーの。 縢は上を見上げた。背の高いビル同士の隙間に、薄い水色の空が広がっている。 雲はない。今は日中で天気は快晴。……どういうことだ。ノナタワーに到着した時間は夜だった。狡噛や常守と別れてから、緊張感の中数人のヘルメット野郎を突破したとはいえ、到着から半日以上経過した体感はない。自分の時間感覚が狂ってしまったのか、それとも。 一羽のカラスが空を横切った。黒い羽根が気持ちよく風を切っている。 それとも、これは死後に見る夢なのだろうか。 ……だとしたら面白い。 縢は無意識のうちにほくそ笑むと、ビル街の奥へと走り出した。 『絶対ここから動いちゃ駄目だよ!』 女はそう言って縢の腕を握り締めた。その反対側の手が握っていたものを、縢はしっかりと見ていた。 拳銃だった。縢が使用しているドミネーターのようにごついモノではない。旧式の、言うならば征陸のとっつぁんが警察官時代に使っていたという小型の回転式拳銃だ。 昔はあれを使って職務遂行していたのだと、酒を煽ったとっつぁんが零してた。その口調がやや愚痴めいていたのは今は関係のない話である。 「初めてホンモノ見た。……すっげえの」 ゾクゾクと高揚感が背筋を駆け抜ける。縢は好奇心の赴くままに女の後を追いかけた。 |