完結
 人を好きになったならその人に告白しなければいけないのだろうか。「友達」でなくなった方がいいのだろうか。「恋人」になった方がいいのだろうか。

 山口くんのことが、好きだ。山口くんのことが好きだが、この気持ちをどうすればいいのかはよくわからない。でも、もしも山口くんに誰かが告白をして山口くんがその子と付き合うようになったら、私は後悔するだろう。告白すればよかったと、もしかしたら私が彼女になれたかもしれないのにと。モヤモヤとした感情を卒業までずっとお腹の中にため込んで彼と疎遠になっていくのだろうか。私の方が彼のことが好きだと、そんな変な、嫌な感情を抱えながら私は卒業していくのかもしれない。
 でも、告白してふられたらどうしよう。それまでのように笑って、話せなくなったらどうしよう。そういうことばかり最近考えてしまうのだ。


「あっ、名字さん」

 購買では昨日から新メニューのパンが売られており、どれも好評なようだった。その情報を友人から聞いた私は久しぶりに購買でパンでも買おうとお財布を持って廊下を歩いていたところだった。姿が見えなくとも声だけですぐにわかる。この私を呼んだのは最近の悩みの種でもある山口くんであった。

「山口くん、こんにちは。どうしたの?」
「購買に行こうと思って。名字さんは?」
「実は私も」
「そっか、一緒だね。えっと、あのさ、一緒に行ってもいい?」
「も、もちろん」

 山口くんは嬉しそうに笑った。そういう顔をされると、私はすごく困ってしまう。

「名字さんは昨日からの新メニュー食べた?」
「ううん。まだ。もし残ってたら買いたかったんだけど……」
「あぁ、微妙な時間だね。残ってるといいけど……」
「クラスの男の子が授業終わると同時に教室を飛び出してさ。それ見て既に諦めてる」

 私がそう言うと山口くんは残念そうな声で「俺もちょっと期待してたけど、食べれなそうだな」と言った。

「急がなくて、大丈夫?」
「うん。普通の、いつも食べてるのでいいや」

 こうしてる瞬間も、私はドキドキしていて彼に気付かれないように注意しながら会話をする。隣をこうして歩くのは何回目だろうか。五回もなかったはずだ。いつだって学校の廊下で、いつだって少しの時間のことだ。比較的背の高い彼の後ろ姿を見つけて、声をかけるという状況が一番多いような気がする。私にとって彼がすぐ隣を歩いているという状況はとても嬉しい瞬間であった。

 購買に着くと学年問わず多くの生徒がいた。隣にいる山口くんに沢山いるねと言おうとした時、向こうから歩いてきた女子生徒は突然パッと表情を明るくした。

「あっ、山口くんじゃーん。今日は月島くんの隣じゃないんだねぇ」

 彼女はそう言いながら山口くんの腕の辺りを軽く叩いた。同じクラスなのだろうか、彼女は私をちらりと見てにやっと笑った。嫌味のない笑い方であったがなんだか恥ずかしくなる。

「何、もしかして山口くんの彼女?」
「なっ、何言ってるんだよ」

 山口くんは慌てて訂正し、顔を赤らめて私の方を見てごめんねと謝った。すぐに首を振り大丈夫だと伝えるも、彼は困ったような顔をして再び謝る。

「山口くんが月島くんじゃなくて、女の子と歩いてるの初めて見た」
「何言ってんの。別にツッキー以外の人とも歩くよ」
「ふーん」

 彼女は意味ありげな風に目を細めた。しかしすぐに「まぁ、そういうことにしとくよ。じゃあねぇ」と手を振って去っていった。
「中学の頃バレーやってたらしくて結構話すんだけど、でも、その、あの子にはちゃんと他の学校に彼氏がいて……」
「う、うん」
「えっと、ごめん。何言ってるんだろ俺。……その、買いにいこっか」

 交わらない視線に、恥ずかしそうに照れた顔。購買の方をを指差し、彼は歩き出した。学ランを着た彼の背中は細いようだけれどしっかりとしており、運動部として毎日頑張っていることを伺わせる。彼が歩くたびに動く髪がなんだか可愛くて、少し笑ってしまった。
 彼は、どうしてあんなことを言ったのだろう。まるで勘違いしてしまうような言葉にダメだと思っていても胸が躍るようだった。

 彼は一回私の方を振り向かえり不思議そうに首を傾げた。変に思われないように私はすぐに歩き出す。彼のいる場所まで、彼を追いかけるように一歩ずつ。

 変わりたいと思った。彼の後ろ姿を見て、変われる気がした。

20160404

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