完結
 私は、どうしてあんなにも喜んでしまったのか。
 昨日の月島くんの言葉を思い出してはそう考える。山口くんは私が烏野に入ることが出来た恩人で、私は彼と「友達」のはずで――。

「そもそも、男女の間で『友達』って関係が本当に成立すると思ってるの?」

 とっくにホームルームも掃除も終わった放課後の校舎は静かだ。委員会の後、部室へ向かおうと廊下を歩いていると数人の足跡と共にふとそんな声が聞こえた。
 廊下の向こう側から歩いてくる女子生徒たちは真剣な顔をして話していた。すれ違う時に少しだけ困ったような恥ずかしいような顔をして足早に歩いて行った彼女たちのことはよく知らないが、彼女が言った言葉に私はどきりとしたのだ。

   ○

 すっかり冬になり、マフラーもコートも着こむようになった。
 あれからも私は山口くんにお世話になりっぱなしだ。前と変わらない「友達」でいる。
 一緒に登下校するわけでも、お弁当を食べるわけでもない。こまめに連絡を取り合うこともない。でも、偶然会えば挨拶をし、おしゃべりをする。他のクラスの、高校で知り合った異性の「友達」なら一般的な交友関係を築いていた。


 顧問の先生の都合で普段よりもはやく部活が終わった。図書室に明日までに返却しなければならない本を返そうと、一人で足早に階段を下りると見覚えのある男の子を見つける。

「つ、月島くん」

 「ツッキー」さんの本名が「月島」であることを最近知った。それを山口くんに伝えると、本当に驚いたようで、改めて月島くんのプロフィールを紹介された。山口くんの後ろで睨むような表情をしていた彼に山口くんは気付いているのかいないのか、嬉しそうに私に語っていたが、未だに山口くんはどうして月島くんと親しいのかは話してはくれない。聞いたわけではないが、どんなに彼について話してくれても、その話題だけは出さなかったのだ。

「あぁ、名字さん」

 月島くんはヘッドホンを取った。最近気付いたが、月島くんは以前よりかは私に対しての警戒を薄めてくれているように思う。相変わらずズバズバ言う時はあるが、嫌味は少なくなってきたのだ。
 しかし、私は山口くんを通して月島くんと知り合ったわけだが、月島くん単体とお話したことはなかった。いつも山口くんがいたのだ。山口くんがいるところには彼がいたし、彼がいるところには山口くんがいた。そういうイメージが出来あがっていたのだ。

「山口くんと一緒にいないなんて、珍しいね」
「別に。いつも一緒なわけじゃないよ」

 ふいと視線を逸らされた。
 彼の言葉から、確かに私が高校に入って山口くんと再会した時、山口くんは一人だったことを思い出した。

「それもそうだね」
「……あのさ、ずっと君に聞きたいことがあったんだけど」

 月島くんは階段の手すりを意味ありげに触った。彼はゆっくりと視線を私の方へ向ける。しっかりと私に向けられた視線に少し驚く。

「君は、山口のことが好きなんでしょ」

 いつもと変わらない声で、顔で、彼はそう尋ねてきた。右手がぴくりと動く。私は何も悪いことはしていないのはずなのに焦ってしまう。

「えっ、ちょっと待って……『好き』?」

 私がちゃんとした反応が出来ずにすると、月島くんはひどく冷たい目をして私を見ていた。私のことを呆れているような、馬鹿としか思っていなさそうな目だ。さすがに、私も傷つくなぁなんて思っていると、もう一度確認するかのように彼は言葉を発する。

「好きなんでしょ?」
「いや、あの」

 月島くんは一つ、舌打ちをして私に一歩近づいた。

「男の子としてどうかって意味で聞いてるんだよね。……そういう『好き』は、あまり考えないようにしてた……んです」
「……なにそれ。それって結局好きってことでしょ」

 はぁとため息を吐いた後、彼は「ばっかみたい」と呟いた。しかしその声色は本当に馬鹿にしたようなものではなく、呆れたような意味合いが強いように聞えた。
 結局何がしたかったのか、彼は「じゃあね」と言い捨てて、すたすたと歩いていってしまった。少しずつ遠くにいってしまう足音と彼の姿に、私は何も反応することが出来なかった。


 彼に言った言葉に嘘偽りはない。私は、彼を好きかどうかを考えないようにしていた。少しずつ親しくなり、彼の人となりを知っていくと人としてはもちろんのこと、男の子としてどんどん好きになっていくように感じたからだ。何をするにしても彼を意識してしまうし、なにより欲深くなってしまいそうだった。恋愛経験があまりない身にとって、ずぶずぶ好きになりそうな状態が、少し怖かった。

 それでも、わかっていた。結局は私は彼が好きなのだ。
 どんなにその感情に気付かないふりをしても、彼が声をかけてくれると嬉しいし、話すと楽しい。遠くにいる彼を見つけてしまうと、無意味にどきっとして、照れくさくなる。彼が呼んでくれる「名字さん」という声がすごく好きだ。優しくて、何度も呼んでほしくなる。笑った顔が可愛いなと思っていたりもする。照れくさそうに頭をかく動作や、私がちょっとテンションが低いと「大丈夫?」と心配してくれたりもする。月島くんのことを話す時の嬉しそうな顔を見るときゅんとする。もっと話して、もっといろんな表情を見せてって、すごく思う。本当はもっとこまめに連絡を取り合いたい。何が好きなのか、嫌いなのか、沢山知りたい。でも、沢山聞いて、ひかれたら怖い。
 だから、だから私は嫌われたくないから「友達」でいたかったのだ。

20160303

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