完結
 今までよく知らなかったが、今年のバレー部は結構すごいらしい。
 昔は強かったという話を家族から聞いてはいた。バレーそのものは授業でしかやったことがなく、テレビで試合が中継されているのを知っていても見ることはなかった。つまり以前の私にとって、烏野のバレー部というものがどのようなものなのかはさして興味のあるものではなかったのだ。これについては、親しい女の子にバレー部がいなかったのも原因だと思っている。
 だが、ここ数週間で私の中で烏野バレー部の存在は大きく変化した。
 バレー部顧問の武田先生にバレー部のことを尋ねたり、同じクラスの日向くんと会話をすることが増えた。山口くんと会えば挨拶をするし、山口くんといつも一緒にいる眼鏡の男の子もバレー部だと知った。

 以前、武田先生にバレー部について尋ねた際には入部希望かとキラキラした目をしながら尋ねられた。その嬉しそうな顔に申し訳なさを感じながら私は首を振って否定した。目立った活動はしていないが、一応部活に所属している身だと伝えると少し肩を落とした後にしっかりとした声で「部活、頑張ってくださいね」と言われたのをよく覚えている。
 少し前に職員室に授業の質問をしに行った時、担当の先生が丁度席をはずしていたことがあった。その時、声をかけてくれたこと武田先生で、それがきっかけでよく話をするようになったのだが、授業を受けたことも、クラス担任でもないのに丁寧に対応してくれたことがとても嬉しかった。

 お昼休みに前の授業時間で集めたプリントを職員室まで届けると、ドアの近くにいた武田先生に声をかけられる。
 時間があるか尋ねられ、問題ないことを伝えると以前ルールがよくわからないと言った私のために沢山付箋の付いた本を広げて簡単にルールを説明してくれた。

「私、ルールもちゃんとわかってなかったです。授業とかだと、試合は1セットだけだったりもしますし」
「そうですね。体育でやるバレーと部活でやるバレーとは少し印象が変わるかもしれません」

 先生は「うちのバレー部の試合を見たら名字さん、びっくりするかもしれません」と嬉しそうに笑った。

「バレー部にお友達がいらっしゃるんですか?」

 そう尋ねられ、私は首を縦に振った。先生に「嬉しそうですね」と言われ、「少し前に友達になったんです」と言うと、「それはいいですね」と言われた。山口くんの笑った顔を思い出して、少しだけ照れくさく思った。

   ○

「あっ、山口くん」
「名字さん」

 これから部活に行くのであろう山口くんといつも一緒にいる「ツッキー」さんに出会った。私は未だに彼とまともに話したことはない。山口くんよりも背が高く、山口くんよりもずっと無口な男の子だ。私が山口くんと話している時は基本ヘッドホンをつけている。つんとした態度が少し怖いが、山口くんが一緒にいるということはきっと悪い人ではないのだろう。山口くんは少し話をする時間があると「ツッキー」さんの話をするので、私はちゃんと話したことのないのにも関わらず「ツッキー」さんのことをなんとなく知っていた。そのことを「ツッキー」さんは知っているのだろうか。
 山口くんの話から「ツッキー」さんについてはなんとなく知っていたが、実は私は彼の本名を知らなかった。自己紹介をしていないから、仕方がないが。

「名字さんもこれから部活?」
「うん。今日は引退した先輩が部活に顔出してくれるらしくてね。久しぶりだからすごく嬉しくて、楽しみなの」
「あっ、それって前に言ってたここを受ける理由の……尊敬してる先輩?」

 そう山口くんは笑って聞いてきた。私は彼のその言葉に驚いてしまった。彼に先輩の話をしたことは覚えているが彼に話したのはたった一度きりだったからだ。

「覚えてるの?」
「うん。……変かな? 名字さんのその話すごく印象に残ってるから覚えてたんだよ」
「そっか……うん、へへ」
「別に山口は褒めてるわけじゃないよ」

 ふと、頭の上の方からあきれたような声が降ってきた。

「部活行くけど……。名字さんも部活なんでしょ」

 彼は山口くんの方をちらりと見た後、私の横をすっと通り過ぎてすたすたと歩いていってしまった。あっけに取られていると山口くんがすぐさま「ツッキー!」と彼に声をかけ、少し申し訳なさそうに眉を下げて私の方を見る。

「ごめん、ツッキーは意地悪で言ったわけじゃないと思う。とりあえず俺も部活行くね。名字さんも、部活頑張って」

 いつものように手を振って山口くんは駆けていってしまった。山口くんに褒められているわけではないことはわかっていたが、彼の記憶に残っていることだったというだけで、私はなんだか嬉しく思ったのだ。
 しかしそれがわかっていながら、たったそれだけのことでどうして私は浮かれちゃってたんだろうと、彼の言葉を思い返して思った。確かに彼の言葉はその通りなのだ。彼の声に嫌味はなかった。ただ正直に思ったことを言っただけだろう。しかし、ちくりと胸が痛くなった。

20160220

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