完結
 受験の神様と言ったらたぶん一般的な意味合いとは異なるのだろうけど、私にとっては山口くんはそれに値する人だった。山口くんは私が頭を下げるとなんだか困ったように否定していたが、私にとってはそうなのだ。山口くんは私にとって感謝しきれない人。もう名前も、顔も絶対忘れないようにしよう。そう思いながら、私は薄暗い中、下校する。
 空には一番星が輝いていた。

   ○

「ねぇ、もしかして山、山口くんって知ってる!? あっ、おはよう日向くん!!」

 朝、教室に入ってきた日向くんは山口くんが昨日着ていたものによく似ている、黒いジャージを手に持っていた。その黒いジャージを見て、私は勢いのままに声をかけてしまった。普段よく話す間柄ではないが、彼は比較的会話しやすい男の子であったということも、勢いのままに声をかけてしまった原因の一つかもしれない。
 日向くんは私の取って付けたような挨拶にも元気よく返してくれた。そしてその後首を傾げて「山口? 山口ってあの山口だよな?」と尋ねてきた。

「昨日、山口くんに会ってね、その山口くんもそのジャージに似たの着てたの」
「じゃあ、それ俺の知ってる山口だわ。山口バレー部だもん」

 日向くんはにかっと笑った後、「これバレー部のジャージだし」と広げて見せてくれた。薄暗い廊下だったのと、ジャージの色が黒いせいで間違っているかもしれないと思ったが、間違いではなかったようだ。そうか、山口くんはバレー部なのか。

「そうなんだ。えへへ、昨日山口くんと友達になったの」
「なんだかわからないけど、嬉しそうだな」
「うん。すっごく嬉しいかな」
「ふーん。山口が好きなのか?」

 先ほどと同じように、日向くんは首を傾げてそう尋ねた。まるで飯好きなのかと、当たり前のことを尋ねるように言ったのだ。もし漫画だったなら彼の頭にはクエスチョンマークが描かれているだろう。

「好きとかそういうのじゃなくて、すっごく感謝してる人だよ」

 まさか、高校に入って男の子にそういうことを言われるとは思わなくてびっくりしてしまった。というか、彼の言う「好き」って、どういう意味の「好き」だったのだろう。それよりも、どうしてそんな質問を日向くんはしたのだろうか。もしかして今の私は、とても混乱している顔をしているのかもしれない。

「ふーん。じゃあ友達になれて良かったな」
「うん。日向くんも、山口くんがバレー部だって教えてくれて有難うね」
「へへ、どういたしまして」

 私の答えに対し、あまり興味はないのか、元々そこまで気にならなかったのか、彼は歯を見せて笑った後、自分の席へ向かった。私が「好き」という言葉に意味もなく反応しただけだったのかもしれないなぁなんて思いながら、私も自分の席へ戻る。


 ようやく受験の時に助けてもらった山口くんと再会できた。山口くんに、恩を返せたらいいなぁなんて思っていると、先ほど自分の席へ向かった日向くんが私の名前を呼びながらこっちへ向かってくる。

「なぁ名字、さっきの話繋がりで悪いんだけど、鞄に山口のノートが入ってて……もしよかったら渡してくれね? 俺、今から先輩のところに急いで行かなくちゃいけなくて」

 教室の時計を見ると確かに少し微妙な時間だった。先輩のところに行く用事に時間がかかったら、山口くんにノートが渡せないかもしれないと思っているのだろう。もとより私は山口くんの役に立てそうなこの話に乗らない理由はなかった。

「もちろん」

 謝罪しながらも、既に走り出したそうに足を動かしている日向くんにノートを受け取り、私はノートの表紙に丁寧に書かれている山口くんのクラス番号と名前を見た。

「四組……」

 絶対に落とさないようにしっかりとノートを持って日向くんが飛び出ていったドアの反対側から教室を出た。

20151226

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