完結
 既に薄暗くなっているのにも関わらず部活動の活動場所でないからか、人通りが少ない廊下の照明は点いていなかった。薄暗い中、私は目の前にいる少年の顔を見る。

「あの、ホントに、あの時消しゴム貸してくれた……?」
「うん。君が受験の時、消しゴム忘れて隣りのやつに借りたなら」

 照れくさそうに笑いながら彼はそう言った。その笑い方は確かにあの時の少年と同じように思い、ぶるっと身体が震える。まさかこんなことが現実にあり得るのだろうか。

「ずっと会いたかった、です。同じ学校だったなら、お礼を言わなきゃって。でもこんな時間が経っちゃったから、もう違う学校なのかなって」
「そうだね、今までどうしてわからなかったんだろう」

 まさか今日、会えるとは思わなかった。心臓は驚きのためか、緊張のためか、いつもよりも大きく動いている。肩にかけている鞄の持ち手をぎゅっと握り、目の前の彼に向かって頭を下げた。

「あの時は本当、有り難う。すごく助かりました。正直テストが始まってからのことはあんま覚えてなくて、あなたに消しゴムをちゃんと返せたのかも、お礼を言えてたのかも、覚えてないの。だから、本当にずっとずっと、ちゃんとお礼が言いたくて!」
「俺はそんな、お礼言われることしてないよ」
「そんな、そんなこと全然なくて、すっごく感謝してるの。私、会えたらお礼をしなくちゃって。それでね、私はあそこのクラスだから、もし何かあったら今度は私があなたを助けるよ。だから、なんでも言って」
「……いや、だから気にしなくていいんだって」

 自分が出てきた教室を指差し彼に言うと、彼は困ったような顔をした。

「実はさ、あの日俺もすごく緊張してたんだ。受験初めてだったからだと思うけど。でも隣見たら俺より焦ってる君がいてね。自分より焦ってる子がいるの見たらさ、さっきまでの緊張とか嘘みたいに無くなってたんだ。俺こそ、君がいたからあんな風に“いいこと”出来たんだと思うんだ」

 彼は「感謝するのは俺の方だし、君にそこまで言ってもらえるほどのことしてないよ」と首を振る。

「それでも、私はあなたに感謝してるし、お礼がしたいの」
「どうしてそこまで? 俺は本当に気にしてないよ」
「うーん、自己満足かな」

 私がそう言うと、彼は狐につままれたような顔をした。私がそんなことを言うとは思わなかったようだ。

「私、実はね、誰にも言ったことがなかったんだけど……。どうしてもここに入りたかったの。中学の時に尊敬していた先輩がここにいて、また同じ部活で一緒に出来たらなって。だから、あなたがあの時消しゴムを貸してくれたことは私にとって感謝しきれないことなんだ」
「そっか。でも本当にお礼とか気にしないでいいよ」
「でも……」

 私がそう言うと、彼は困った顔をしてから少しだけ考えるように視線を外した。その後すぐに「じゃあ」と照れくさそうに手を差し出す。

「友達になってください。そうしたら、これから俺が君を助けるのも君が俺を助けてくれるのも、おかしなことじゃないかなぁ……なんて」
「友達……!! そうだね、友達として、何か困ったことがあったら頼ってね!!」
「あまりさっきと変わってない気もするけど……。うん、じゃあ君も何かあったら」

 彼から差しのばされた手を握る。
 手を握った際、彼の手の大きさに少し驚いた。彼は男の子なんだから、当たり前なのかなと思うのと同時に、なんだか少し照れくさく思ってしまった。彼も同じだったのか、握られた手はすぐに離れる。

「えっと、俺は山口忠」
「名字名前です」

 これから宜しくねと伝えると、目をぱちくりとさせた後、彼――山口くんも宜しくと言って笑った。それからすぐに「あっ、ツッキー待たせてるかもしれない」と慌てながら廊下を駆けていく。廊下の曲がり角で山口くんは私にバイバイと言いながら手を振った。
 外見は完全に男の子で、私なんかよりもずっと背が高い。さっき握った手も大きくて……。でも山口くんって怖い感じがなくて、むしろ……可愛い人だな、なんて。

20151212

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