完結
※田村視点



 目を見開いて口をポカンと開ける名字が正直可愛いと思った。驚いている様子を見て可愛いと思うのは悪いことだろうか。

 名字のことを意識しだしたのはいつからだろう。
 ちゃんと話すようになったのは今年に入ってからだ。
 意識しだしたのは、一緒に掃除をしてからか、食堂で会話をしてからだろうか。それとも喜八郎の勘違いからだろうか。好きかなと思ったのは銭湯で会った時。そして確実にそうだと実感したのが、今日。恋とは突然なんだなと、自分のことながら思う。

「突然すまない。驚かせてしまったな。でも本当だよ。どんどん好きになってるんだ」
「……うん」
「昔から好きなものには正直でありたいと思っていた。何が好きでも、好きだって素直に言いたいって」
「うん」

 名字は恥ずかしそうな顔をしたあと、表情を見せないように俯く。ちらりと見える耳が真っ赤だった。

 心臓がばくばくとうるさい。こんなにもうるさく大きくなるのかと驚いたほどだ。
 しかし、私はしっかりと気持ちを伝えられているだろうか。緊張しているせいか頭が上手くまわらないない。ちょっと前に言った自分の言葉すら思い出せない。顔があつくて、恥ずかしい。でもそんな事気付かれないようにかっこつけたい。

 今は彼女にこの気持ちがちゃんと伝わるように告白をして、できるだけ格好よく見られたいということだけしか考えられないのだ。
 名字は顔を少し上げ、前髪を触った後に私の目を見た。視線が合った瞬間、再び心臓を掴まれたようだった。

「田村のことは人として好き。……多分、男の子としても。その……。えっと、でもまだ私混乱してて、まさかそんなこと言われると思わなくて」
「ああ」
「今、私の心臓ばくばくいってるの。今までにないくらい。怖いくらい。でも、すごく嬉しい」


 先ほどまでドアからにやにやと笑っていた友人たちはいなくなっていた。緊張を和らげるために息を吐くと、名字が少しだけ笑った。緊張していることを名字に気付かれてしまったのではと、恥ずかしくなる。

 お互いに何か言いたいのに照れくさくて「えっと」だとか「あの」とかそういう言葉しか口から出てこないでいた時、浜が教室のドアからひょっこり顔を出して私の名を呼んだ。

「なぁ、教室の窓から、なんだっけ、神崎だっけ? お前の後輩が勢いよく走ってくの見たけど、中等部って今日こっちに用あるのか?」
「はぁ!? また迷子かぁ……わかった」

 言い終わるとすぐに浜は手を振り教室に戻っていく。
 名字は「さっき言ってた後輩の迷子の子だね」と優しい声で言った。頷くけば、名字は少し考えている風に視線を外した。腕を後ろに回し、名字は少し恥ずかしそうに笑う。

「後輩を探しにいくんでしょ? いってらっしゃい」
「あぁ、探してくるよ」

 私がその場を去ろうとした時、名字は「田村」と優しく腕を掴んだ。驚いて彼女の方へ顔を向けると、真っ赤な顔をした彼女が笑いながらもう一度私の名を呼ぶ。

「……私も、ちょっと前から田村のこと気になってたよ。告白されて嬉しいって思うのも、こんなにドキドキするのも、胸が苦しいのに幸せなのも、私が田村のこと好きだからだよね。そう思うとね、今とても嬉しいの」

 そんなはずないって、勘違いだって思おうとしてたのはどうしてかなと困った顔をした名字に、私は自分の心臓が再びばくばくと大きく動き出したのを感じた。

「……私も、今とても嬉しいよ」

 そう言えば、私を掴んでいた手がすっと離れた。
 そこにあった私と異なる体温が消えていくのが少し寂しい。「先生が来るまでまだちょっとあるから、頑張って」と彼女が言った後、廊下の窓から私の名を呼ぶ迷子の後輩の声が聞えた。


 小走りで後輩を探していく。
 下駄箱近くの手洗い場を過ぎると石鹸の香りと共に探していた後輩の綺麗な髪がちらりと見えた。

20150913
20160924 再修正

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