完結
 つい先日夏休みが始まったと思ったら、もうすぐ学校が始まることをカレンダーで知りとても驚く。
 秋物の洋服が飾られているのを今日買い物に行った時に見て、もうそんな時期なのかと驚いた。チェックのスカートが可愛くて買おうと思ったが、値札を見て更に驚いた。バイトをしていない高校生の私には手が出せなかったのだ。

『こういう服を着て、好きな人とデートがしたい』

 帰宅してから部屋で今日買った物を確認している時、一緒に買い物に行った友人がそう頬を染めて言ったのを思い出す。
 少し大人っぽいワンピースを、きらきらした目で見たその子の顔は普段よりもずっと可愛く見えた。彼女の言葉を聞いた時、ふいに田村の顔を思い出してしまった。
 どうしてここで田村が出てくるんだ。恥ずかしくなって無意味に窓を開けて大きく深呼吸をする。虫の鳴き声に秋を感じて、ほてった頬を撫でる風が心地よかった。

   ○

 そんなこんなで、あっという間に夏休みが終わってしまった。
 久しぶりに自分の教室に入って自分の席に座り、あぁ、確かにこういう座り心地だったなと思い出す。
 部活で忙しかった友人が日焼け後を見せてくれたり、旅行へ行った友人がお土産をくれたりもした。家では絶対に味わえないにぎやかな雰囲気に学校が始まったんだと実感する。


「名字」

 後ろから声をかけられ、そして振り返らなくてもわかるその声にどきりとした。
 その「どきり」は嫌なものではなく、恥ずかしさを含んだそれだと察した時、また心臓が大きく鳴る。

「おはよう、田村。久しぶりだね」

 振り向けば田村が照れくさそうに笑っていた。椅子から立ち上がって邪魔にならないように廊下へ移動する。すれ違うクラスメイトはにやにやとした笑顔で私達を見ていた。

「田村、結構日焼けしてるね」
「部活で合宿があったんだ。その時に結構焼けた。でも私より先輩の方がすごいぞ」

 嬉しそうに、先輩を自慢する田村が可愛いなと思った。自分のことのように自慢をして胸を張る姿が、彼らしかった。

 夏休み中、友人と買い物に行ったあの日――田村のことを思い出したあの日のことを、思い出しては恥ずかしくなるというのを繰り返していた。だから、田村と会ったら同じように恥ずかしくなって何も話せなくなるのではないかと考えていたけれど杞憂だったのかもしれない。
 確かに前よりも照れくささはあるものの、会話にどもることはないしスムーズに返事をすることができている。相変わらず田村との会話はテンポが良い。


「――それで、合宿は大変だったんだ。後輩が合宿らしいことをしたいと会話しているのを先輩が偶然聞いたらしくて、突然『花火でもするか』とおっしゃって……」
「花火なんて持ってたの?」
「いや。そもそも合宿場所が場所だから、コンビニも近くに無くてさ。だから諦めて結局筋トレ大会のようになっていた」
「何それ」
「花火の件は、先輩って後輩にはなんだかんだ優しいんだなぁと思ったんだが、最後は筋トレしながら寝てたからもうよくわからなかった……」

 田村は部活の話を嬉しそうにしていたのに、突然何も話さなくなってしまった。
 どうしたのだろうと窺うと、田村はすごく優しい顔をしていた。その顔を見た瞬間、きゅっと胸のあたりが苦しくなった。私はこの締め付けられるような感覚を、以前にも体験している。

「夏休みの間にいろいろ考えたことがあるんだ。そうかもしれない、違うかもしれない。沢山悩んで、でも今、名字と話してやっぱりそうだなって確信した」

 田村が一歩私に近付く。
 田村は少しかがんでにこりと私の顔を見る。教室のドアでさっきと同じようににやにやと私たちの様子を見ているクラスメイト数名がちらりと視界に入った。田村は彼らには絶対聞かれないように、私だけにしか聞こえないように囁く。

「名字、好きだよ」

 ゆっくりと離れていく田村から、優しい匂いがした。

20150825
20160924 再修正

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