完結
 甘くておいしそうな匂いが部屋をつつみこんでいるようで幸せにな気分になる。
 あぁ、毎週こんな風にお菓子を作る授業があればいいのにとオーブンの中を確認しながらそう思った。隣で同じようにオーブンの中身を見ている友人も、幸せそうな顔をしながら「毎日この授業でいいのに」と呟く。

 家庭科の授業で調理室に入ったのは今までにも何回かあったが、調理実習は高校に入って初めてだった。今回はお菓子を作り、来週はお弁当の代わりとなる昼食を作ることになっている。
 昨日の夜は久しぶりに三角巾の代わりとなるバンダナをタンスから引っ張りだして懐かしい気持ちになった。制服の上にエプロン、そしてバンダナをしているだけなのになんだか少し恥ずかしいような気持ちになるのはどうしてだろう。

「そういや隣のクラスの平、昨日が実習だったらしいけど、薔薇柄のエプロンを自慢しながら作ってたらしいよ。しかも女子よりも手際よかったらしい。さすが平」

 そんな話を友人から聞いて、私は隣の班にいる田村へと視線を移す。田村は友人の話が聞えていたのか、少しだけ不機嫌そうな顔をしながらこちらを見ており、私は彼と目が合ってしまった。

「田村。そっちの班は終わったの?」
「あと少しで焼ける」

 私が声をかけると、少しだけ困った顔をした田村は小さく頷いた。

「甘い匂いだな」
「苦手?」
「嫌いじゃないが……」

 好きかと聞かれたら、すぐに答えられない。
 田村はやはり困ったような顔をして言った。

 友人が言った平の派手なエプロンとは異なり、田村は無地のエプロンをつけていた。
 田村と隣のクラスの平は似ているなと思うところが沢山あるが、お互いに意識し合いながら反発しているようなので、やはり似ているようで結構違うのだろうなと思う。

 田村と平はおしることぜんざいのようなものかもしれない。そんな馬鹿みたいなことを考えてしまう。
 いつかテレビで見たその二つの違いはもう忘れてしまったが、確かにその二つは名前が異なるように違うものらしい。似ているけど、違う。甘い匂いがあまり得意じゃなさそうな田村のことをお菓子で例えるなんて悪いかもしれないが……。

「和菓子食べたくなってきたなぁ」
「今作ってるの洋菓子だけどな」

 田村がそう言うと、すぐにチンと音が鳴ってオーブンが焼きあがったことを知らせた。隣りにいた友人と顔を見合わせ一つ深呼吸をしてからオーブンを開ける。ちゃんと美味しそうに出来あがっているようだった。

   ○

 食器を片付けていると田村から声をかけられる。

「これ、今日の実習の感想書いて提出したら帰っていいって。班員に渡してくれないか」
「うん、わかった」

 プリントを受け取った後も田村は去ることはなく、何を考えているのかわからない表情をしている田村と私はしばらく見つめ合っていた。不思議に思い(そしてすごく恥ずかしくもあり)、私は彼の名前を呼んだ。すると照れたように笑った。

「いや、別にさ、名字の班にも男子はいるんだし、そっちに渡してもよかったのになって。つい名字を探して、声をかけようって考えてた。自分のことだが、不思議だなと思ったんだ」

 そう真っ赤になりがなら田村は話し、突然悪いなと手をあげて去っていった。とんでもない発言によって自分の顔が熱くなっていくことに気付く。
 なんて男の子だろうか、彼は。

20150621
20160924 再修正

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