完結
※田村視点



 衣替えにより生徒のほとんどが夏服を着ている。外にいると白いワイシャツがまぶしいほど、今日は天気の良い日だった。
 体育館の近くにある自動販売機の前は丁度日陰になっている。日陰に入ると少し肌寒いなと思いながら目当ての飲み物のボタンを押したが反応が無い。あれ、と思いよく見ると既に売り切れていたようだった。
 運が悪い。

「三木、何も買わないの?」

 急に声をかけられ、驚いた拍子に近くのボタンを押してしまった。
 ガコンと何か落ちた音が聞える。

「喜八郎、驚かせるな」

 何を買ってしまったのだろうと自分が買った飲み物を取り出せば、普段は買うことのない桃のジュースで。

「三木、桃のジュースなんて好きだったっけ?」
「お前が驚かせるから間違えたんだ」
「ふーん」

 喜八郎はジャージ姿で財布を持っていた。
 ジャージは所々泥で汚れているし靴は少し濡れている。喜八郎は見た目こそ日差しに弱そうだが、親しい友人の中では最も夏に強い男である。

「園芸部の手伝いをしてたら喉がかわいたんだ。何にしよう、炭酸が飲みたいな」

 ガマ口の財布をじゃらじゃらと鳴らしながら喜八郎はそう言った。昼休みにも関わらずここはあまりうるさくない場所なのだと初めて気付く。

「そういえば、名字さんが食堂にいたよ」
「はぁ……?」
「今日は一緒にお昼食べなかったの?」
「別に食べないけど」
「あれ、二人は付き合ってるんじゃないの?」

 喜八郎が自販機のボタンを押すと、先ほどと同じようにガコンという音が響いた。喜八郎は頬を流れた汗を拭ってから私の方を見ながら首を傾げる。

「この前、食堂で一緒に食べてたでしょ。その後二人で食堂を出てったから」
「別に、付き合ってなくてもそのくらいあるだろ」
「でも、三木は今まで女の子と、そんなことなかったから」

 喜八郎はペットボトルを取り出すと少しだけ困ったような顔をさせた。

「そっか、僕の勘違いだったんだ」

 くるりと背中を向けて行ってしまった喜八郎に、私は何も反応出来なかった。
 今までに仲の良い女の子がいなかったわけではないが、そういうことを言われるのは確かに初めてだった。
 仲の良い子はいても、特別に思う子はいなかった。そういうことが周りにもわかるのか、二人で談笑してる様子を見られていても付き合っている男女には見られなかったらしい。高校に入って、彼女がいるか聞かれたことはある。でもそれは雑談の中のきわめて軽い質問の一つだった。だから、小学生からの仲である喜八郎にそういうことを言われて、驚いた。
 なんだか急に恥ずかしくなって、持っていたペットボトルの蓋を開けて中身を気にせず一気に飲む。桃の甘い香りと甘ったるさに驚く。

 喜八郎には名字と私が、付き合っているように見えたのだろうか。仲が悪かったわけではないが、つい先日まで名字と私はあまり話をしない仲だ。今も、仲の良い間柄かと聞かれたら、すぐに答えることは出来ない。

 人と付き合うなんて、考えたこともなかった。そりゃあ周りにそういう友人もいるが、先輩たちを見ると部活で忙しくてそれどころじゃないように思っていた。今も、正直そう思っている。そもそも私には好きな子なんていないのだ。
 ……ただ、普段は飲まない甘ったるい桃のジュースのせいか、はたまた先ほどの喜八郎のせいか、私はつい名字の名前を口に出してしまい余計に頬に熱をもってしまった。

20150607
20160924 再修正

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