完結
 食堂に足を踏み入れると既に多くの生徒が談笑をしながら食事をとっていた。
 食券を買って食堂のおばちゃんにメニューを伝えると元気な声が返ってきて、美味しそうな匂いにつつまれながら席を探していると、田村が一人で食事をしているのを見つける。

「前、いいかな」
「ああ」

 周りにいる沢山の生徒たちが楽しそうに話している中、私たちは会話をすることなく箸をすすめる。
 全て食べ終えた頃には食堂はだいぶ静かになっており、おばちゃんものんびり仕事をしていた。お茶を飲んで一息ついた時、不意に前から声をかけられる。

「今さらだが、どうして一人だったんだ?」

 同じようにお茶を飲みながら前に座っていた田村はそう言った。いつの間にか彼の食器類は片付けられている。

「友達とお弁当じゃなくて食堂で何か食べようねって約束してたんだけど、その子急に委員会入っちゃって。ここに来て知り合いいたら一緒に食べようかなって思ってたんだけど……田村がいて、田村の前空いてたから」
「なるほどな。さっきびっくりしたんだ。まさか声かけられるとは思わなかったから」
「田村はどうして一人なの」
「急にラーメンが食べたくなったからな」

 さも当然というように田村は言った。そういえばHRが終わった後にお弁当を食べていたのを思い出す。

「朝、お弁当食べてたもんね」
「朝練があったんだから仕方が無い」
「よくお腹に入るね」
「名字は量の少ないメニューだったな」
「女の子だからね」
「ああ、確かに名字は女の子だ」

 田村は笑った。素直にそう言われるとは思わなかった。わかってるよとか、そういう言葉が返ってくると思っているのに、なんだか田村が言った「女の子」という言葉の音が妙にくすぐったくて、どきりとした。私はもちろん女の子だし、その返答もおかしくないのに。

 田村は女の子に褒められて調子に乗るような男の子だ(女の子だけでなく、誰に褒められたって異常に調子に乗るんだけど、女の子の時は特に調子に乗る)。
 けど、こうやって女の子に対して調子に乗らせるというか、どきっとさせる言葉を言う男の子だとは知らなかった。しかもその言葉はとても自然なのだ。田村の様子からかっこつけて言った、考えられた言葉ではないのだろう。

「今の、結構どきっとしたかも」
「ははっ、なんだそれ」

 次、古典だね。
 私がそう言えば、田村は彼の左手にあった腕時計を確認して「そろそろ教室に行くか」と言う。頷いてトレーに手をかけ、ふと、どうしてこんな風に彼と会話をしているのだろうかと考えた。今まで挨拶程度の会話しかしてこなかったのに、急激に縮まる距離感にびっくりする。食事をしている田村に声を掛けたのはもちろん私ではあったが、それでも彼は拒否をしないような気がしたのだ。たった少しの時間、二人で掃除をしただけなのに不思議だ。

 私は田村とこうやって話すことが嫌ではなかった。むしろどうして今までこうしてこなかったのだろうと後悔するくらい自然に会話ができる。話していて楽だし、楽しいのだ。彼のハキハキと喋るテンポがいいからかもしれない。


「私が一人で食堂にいたのが不思議で、理由が聞きたくてずっと待ってたの?」

 教室へ向かう廊下で、隣を歩く田村に私は話しかけた。田村はちらっと私の方へ視線を向けると少しだけ優しく笑った。

「確かにそれもある。でも、相席したのに声をかけずにいなくなるのはどうかと思ったんだ」
「律儀だなぁ」
「そうでもないさ」
 
20150603
20160924 修正

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